第5話 未来からの転校生

「影守さん、どこから編入していらしたの?」

「ご両親は何を?」

「ご趣味を伺ってもよろしくて? 私は乗馬を少々」

 一時間目の授業が終わった途端に、さっそくクラスメイト達が群がってきた。ま、ありとあらゆる情報がAIによって自動で細分化され、個人一人一人にカスタマイズされすぎてしまった現代では、クラス共通の話題になり得るお嬢様らしい娯楽なんて、転校生か恋バナくらいのものだろう。自分が昨日見た推しのドラマやIチューバーなんて、他人が見てもたいてい面白くはないのだ。

「以前は海外の学校にいましたが、公務員の両親が転勤でこちらに配属されたので。趣味は特にありません」

「まぁ、帰国子女でいらしたなんて」

「凄い!」

「では、英語がご堪能なのでしょう? 私なんてヒアリングにも苦労していて、ぜひ、コツを教えて頂きたいですわ」

「いえ、自分は堪能というほどでは。繰り返し聞けば慣れますよ」

「それ……は、そうでしょうね。でも、もっと他に何か」

「外国で一番驚いた物はなんですの? 海外の暮らし、もっと聞いてみたいですわ」

「すみませんが、次の授業の予習をしたいので、質問はそれくらいにして頂けますか」

 おっと、影守はそれまで無難に応えてはいたのだが、さすがに面倒になってしまったのだろう。質問を打ち切ってしまった。

「え、ええ、ごめんなさい。では、またあとで」

 クラスメイト達は自分達が予想していた対応とは違ったようで、困惑を上品な笑顔で覆い隠しながら散らばっていく。

 よくないな。

 影守とは後で二人きりで話せるだろうから、その時にこの学校での『あるべき対応の仕方』を教えてあげないと。クラスの中で一度でも低いカーストにランク付けされてしまうと、そこから復活するのは不可能になる。さすがに偏差値の高い学校だから、いじめのようなあからさまな事はやってこないが、より陰湿に巧妙に、冷ややかな揶揄と侮蔑の嘲笑が向けられ、事あるごとにクラス中から向けられていては、明るく楽しい学園生活というのも難しい。

 昼休憩の時間となり、今度こそと意気込んだ何人かのクラスメイトが影守の机に再びやってきた。

「影守さん、学食のカフェテラスへご案内して差し上げますわ」

「いえ、結構です。伊吹さんに案内してもらう予定ですので」

「ええ? でも、彼女はボッチ――失礼、お一人が好きみたいですから」

「フフ、そうそう」

「ええ、邪魔しては悪いですわ、フフ」

 しかし、影守は私のほうを見て言う。

「伊吹さん、案内してもらえますか?」

 やれやれ、影守も私がクラスでどういう扱いかくらいはもう察しが付いているはずだが、ご指名ときたか。ここで断れば断ったで、またクラスで私の評価が下がってしまうし、選択の余地はなさそうだ。

「わかりました。では、行きましょうか。そういうことですので、ごめん遊ばせ」

 私は嫌みにならないよう軽く微笑みを振りまいて、席を立つ。

「自立性と協調性に欠ける生徒達です」

 廊下に出るなり、ハッキリと口に出す影守。私は誰かに聞かれていないかと慌てて周囲を見回した。

「しーっ、影守さん、ウチの学校はいろいろと面倒なんだから、クラスメイトとは仲良くしたほうがいいよ」

「不要です。私はすぐ未来に戻りますから。任務に余計な人間関係を築く必要もありません」

「ああ……そっか。それもそうだね」

 何かが変わるかも、という私の期待感が急速にしぼんでしまった。

 それでも、未来について知りたいことはたくさんあった。

 技術はどうなっているのか、環境問題は? 流行の道具や遊び、新しいシステム、驚くべき世界、奇抜なファッション、そして――タイムマシンの存在。

 いっそ、未来か過去へ跳んでしまえたら、どんなに幸せだろう。

 彼女に頼めば、連れて行ってくれるだろうか?

 うーん、ちょっと難しいだろうな。

 自由に過去へ旅行する人が増えれば、ありとあらゆる厄介な問題が発生しそうなことは容易に想像が付く。

 ちょっとしたことでも、うっかり歴史を変えてしまうとか。

 例えば、未来のシステムをこれから開発するであろう天才科学者に、脳天を直撃するような甘ったるくて濃厚なアイスクリームを食べさせる。彼がアイスクリーム屋さんに天職を見いだし運命が変わってしまえば、電気というシステムがなくなったりしてしまうかも。エジソンやライト兄弟とかね。

「伊吹さん」

「ん、なぁに?」

「カフェテラスはここでは?」

 おっと、考え事をしていて危うく通り過ぎるところだった。

「ごめんごめん、そうだよ。あ、学生証はインストールできてる? ここは学食アプリとIDがないとメニューを選べない仕組みなんだけど」

「ええ、大丈夫です。職員室で端末デバイス――失礼、スマホに入れてもらいました」

「へぇ、未来だとデバイスって呼んでるんだね。機能も違う?」

「それについてはお答えしかねます。未来の法律、規則もありますので」

「ああ、そう、残念……まぁいいや、じゃ、アプリからここのオススメメニューを教えてあげるね」

「どうも」

 何しろお嬢様学校なので、学食のメニューはその辺のレストランでは味わえない逸品だ。教え甲斐がある。

『地中海風ペスカトーレロッソ、伊勢エビと白トリュフのタリオーニ、バルサミコとレモン添え』

 入学したばかりの私はこれが何かさっぱり分からなかったので初回は恐る恐る頼んだものだが、要するにシーフード入りスパゲッティである。麺はちょっと平べったいパスタになっている。あと味は甘くて酸っぱい。一度食べたら、クセになる美味しさだ。必ずパルメザンチーズの粉たっぷりのオプションを付けて。

『骨付き若鶏の香味コンフィ』

 皮がパリパリ、中はジューシーな焼き鳥。

『ルッコラとアーティーチョークのカルパッチョ、マスカルポーネとマンダリン入り、アンチョビとシャルドネビネガーのドレッシング』

 サラダ。

『クリームシャンティとモンブランのタルト』

 柔らか~いホイップクリームを乗っけたタルト。甘々。

『スフォリアテッラ』

 パイ菓子!

『クリームブリュレ』

 焼きプリン!

『ティラミス』

 チーズケーキ!

『ジェラート』

 アイス!

『ガトーショコラ』

 ガトーショコラ!

「ちょ、ちょっと待ってください。デザートが多すぎませんか?」

 テーブルに並んだ料理を見て、影守が怪訝な顔をする。

「ええ? ほら、他のテーブルの子もデザートはたくさん頼むし、ここでは三つ四つは当たり前だよ?」

 惜しいことに一個一個の量が少なめなんだよねぇ。しかも同じ種類をダブルで頼むのはマナー違反ときた。

「そうですか……では潜入を怪しまれないよう、食べるしかありませんね。しかし、マイルドドラッグがこれほど堂々と蔓延してるなんて……」

 影守が口元に手を当てて何やら戦慄している。

「ん? マイルドドラッグって何? これ、タダのお菓子なんだけど」

「ええ、ですが、未来では砂糖の使用が健康のために厳しく制限されていますから」

「な、なんと! それは……まぁ、ここでは合法なんだから、食べて食べて」

「ええ……」

 気乗りしない様子で焼きプリンをひとさじ掬って口に入れる影守。口ちっちゃ。

「!」

 だが、目を大きく見開いた彼女は、焼きプリンは初めてだったようで、動画の2倍速かと思えるほど素早く猛烈に食べ始めた。

「ダメだよ、影守さん。美味しいのは分かるけど、もっとゆっくり。生徒指導の先生に見つかったら怒られちゃう」

「ええ、失礼しました。マナー違反でしたね。しかし、これほどとは……とても美味しいです」

「口に合って良かった。でも、未来の方が美味しい食べ物ってたくさんあるんじゃないの?」

「そうですね、サラダに関しては品種改良や保存技術が革新的に進歩していますから、未来の方が美味しいです。ただ、この肉……」

 モグモグと無言になる影守。

「肉はどうなの?」

「未来では環境保護の観点から植物由来の代替肉しか流通していません。本物の肉を食べるまではそれでも美味しいと思っていたのですが……噛んだときに感じる味の強さと歯応えが全然違います」

「そっか。エー、肉が食べられないのは厳しいなぁ」

「慣れれば、代替肉でも大丈夫だと思いますよ。それに、心配しなくてもあなたが生きている間には全部切り替わったりしないですから」

「そっか、良かったぁ」

 ハンバーグや牛丼が食べられないなんて、ちょっと悲しいもの。


「ご馳走様でした。それでは、今後の方針について、少し話し合いましょう」

 上品にナプキンで口元を拭った彼女は、そう切り出してきた。

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