第3話 始まりの運命の輪 ~GIRL meets GIRL~

「え?」

 何が起きているのかさえ、私はよく理解できなかった。

 ただ、大型トラックが何かの力によって激しく押し返され、あれほどの暴走だったのにもかかわらず、動きが完全停止していた。

「怪我の状態は? 見せてください」

 その子は持っていた拳銃を内股のホルスターに収めると、こちらに駆け寄ってきた。

 全てを見透かしたような知的な瞳。バランスの取れた小さめの鼻。そして今にも流れだしそうな、深く黒く、夜の闇のような黒髪。

 すべてが完璧に整い、ビックリするほどの美形だったが、年齢は私と同じくらいだろう。

 私と同じく楠聖女学院の制服を着ているが、断言してもいい。

 こんな子は知らない。


 本当に在学していたなら、『黒薔薇の騎士』か『ぬばたまの姫君』などと、学院ではきっと二つ名で呼ばれているだろうから。

「あ、うん、平気」

 私は転んだだけで、別に怪我はしていなかったので、そのまま立ち上がる。

 スカートがちょっと汚れてしまった。参ったな。

「良かった。でも、まだ終わっていません。あなたは向こうへ逃げてください」

「え? でも」

 もう大型トラックは止まっているから、と言おうとしたが、運転席からドサリと落ちるように抜け出してきたモノがいた。

「あれは、給仕ロボット……?」

 レストランでよく見かけるロボットだ。胴体の筐体の中に料理皿を入れて自動で運んできてくれるヤツ。

 なぜ、そんなものが工事車両に乗り込んでいたりするのだろう?

 場違い――。

 モヤモヤとした言い知れぬ違和感と、それに伴う不気味さ。

 何か、とてつもないことが起きているのではという不安感。

 だが、私がどうにか、役立たずの頭脳でこの現象を消化しようと頑張っていると、先に手を引っぱられた。

「さ、あなたは私の後ろにいてください。原子力時代の武器を確認。9ミリハンドガンと解析。威力は大したことはないですが、人間を殺傷するには充分です」

 給仕ロボットの手は銃の引き金に指を入れられる形状ではない。が、筐体の透明なアクリル板の内部に、彼女が指摘した黒い拳銃が入れられ、皿に載せられていることに、私も遅まきながら気が付いた。

 え? どういうことなの?

 それって――

 いや、銃の存在が何を意味するかはどうだっていい。

「でも、あなたが」

 そう、彼女だって人間だから、銃で撃たれれば危険なはずだ。

「私は平気です。防弾布がありますから」

「防弾……何?」

 良く聞き取れなかった。防弾布と言ったようだけれど。防弾チョッキとかじゃなくて?

「止まりなさい! 警告する。それ以上、こちらに近づけば撃ちます」

 彼女が給仕ロボットに黒いカードを見せながら銃を向けて言う。不思議なことにそのカードは三十センチ四方の光を発し、どうやらホログラムになっているらしい。空中に拡大されたカードの映像には『TK』の大きなイニシャルと『時空警察 特殊潜入捜査官 影守かげもりれい』という名称と紺色の制服姿をした顔写真が見えた。

 先ほど彼女が銃を発砲してあの暴走トラックを止めていなければ、偽物ではと疑ったところだろう。

 だが、もちろん私は彼女が警察組織の一員であることは確信できた。

 その捜査官、影守玲は続けて言う。

「これが最後の警告です。大人しく投降しなさい。人工知能にも修正憲法第三十二条によって、裁判を受ける権利が保障されています」

 だが、給仕ロボットはアームを動かし、本来はそこに装着されているはずのマスタードソースやケチャップの代わりに……先端に穴の開いた銀色の筒を向けてきた。

「あ、危ないっ!」

 強烈に嫌な予感がして私は目の前に立っている影守に警告を発したが、その前にパンパンパンと給仕ロボットが銃撃を開始した。やはり、あのアームが握っているのは銃だったのだ。あんな筒型のは見た事が無い。どこか知らない国の軍用か、誰かが自分で作った改造銃なのだろう。

「えっ、そんな……!」

 次の瞬間、私は自分の目を疑った。なぜなら、何も無かった影守の前に、一メートルほどの白い傘が広がり、銃撃を防いだからだ。

 今の、何?

 現実に起きていることが理解できないまま、影守が自分の銃を撃つのを私はただ後ろから見つめていた。

 彼女の弾丸が見事命中したようで、給仕ロボットは青白い電気の放電を何度かまとわりつかせたあと、ついに煙を吐いて動かなくなった。

「クリア。周囲に敵性反応無し。二千三十年四月七日午前八時七分、犯人撃破により、状況終了。一般目撃者無し。掃除屋を要請。位置情報を送信。以上」

 スマートウオッチにそう吹き込んだ彼女は、再び太もものホルスターに銃を納める。そして一度空を見上げたあと、こちらに向き直った。

「怪我はないですね、伊吹さくらさん」

「どうして、私の名を……」

「私は未来の警察からやってきた特殊潜入捜査官です。ただいまより、あなたの護衛に着任します」

「護衛?」

「はい。あなたが命を狙われているからです」

「ええ……?」

「たった今、襲われたばかりですが、理解できませんか?」

「いや、ええと、え? 今の給仕ロボットが、私を狙ってたの?」

「ふぅ、どう見てもそういう状況だったと思いますが」

 ため息を付いてこちらを見る彼女は少しあきれた様子。うん、さっきのロボットが大型トラックを運転してたようだから、確かに私、狙われてたわ。

「でも、なんで、いったい誰が……何の目的で……」

 学校に『敵』は多いが、命を狙われるほどではなかったはずだ。いや、この言い方だと語弊ごへいがある。『敵』と言っても、あくまで彼女達は私の『ライバル』であって命を狙うほどの相手ではないのだ。そんな大それた事をしでかせば、彼女達の体面に関わるし、何より、事件が発覚してしまえばとんでもないことになる。温室育ちの彼女達にとっては、最終的に無罪や執行猶予が付いたとしても、容疑者として逮捕されるだけで人生の終わりだろう。

 それに、影守玲はもう一つ、重大な事を告げている。

「私は未来の警察からやってきた」と。

 未来――。タイムマシンなんて映画やアニメでしか見た事はないけれど、実在していたようだ。

 ああ、一度にあまりにも衝撃的な事がありすぎて、思考が回らない。

「とにかく、ありがとう、影守さん」

 私は差し出された影守の手を取り、立ち上がる。

 さて、こういうときに私は何を言うべきか。考える。思いついた。

「よし! 学校に行こう!」

「見た目よりタフですね。報告書通りです。でも少しだけ待ってください。あなたのスカートが汚れていますから」

 そう言って影守はポケットから真っ黒なハンカチを出し、私のスカートを拭いてくれた。

「いいですよ。取れました」

「おおー、あっという間に! それも未来アイテムなの?」

「ええ、特殊加工の繊維で驚くほど汚れを吸い取ります」

「へぇー。おっと、感心してる場合じゃないや。急がないと」

「そうですね」

「ひょっとしてさ、影守さん、今朝早く、私の家の側で見守ってたりしてくれた? 髪型を変えて」

「いいえ」

「あれ? そう。じゃあ、やっぱり人違いか……」

「遅れそうです。もう少しペースを上げますよ」

「え? 待って、ちょっ」

 先に颯爽と走っていく彼女。陸上選手のようなガチのフォームでやたらスピードが速い。

 ここで置いて行かれたままどこかに潜んでいる犯人に狙われたら堪ったものではない。あの給仕ロボットは何者かに改造されていたようだし。影守捜査官が助けてくれたけれど、犯人は捕まっていないし、事件はまだ解決していないのだ。

 私は慌てて先を走る影守を追った。

「お、置いてかないでぇ~」

 まだ彼女には聞きたいことがいっぱいあるのだ。

 世界の未来について。

 そして、私の未来について。

 大きく何かが変わりそうな、そんな予感がするのだった。

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