第2話 恐怖

 ガシャンと、金属が激突する凄まじい轟音が響いた。

 ただの音ではない。まるで衝撃波が空気を揺らすように、私の腹の底まで激しく揺さぶるほどだった。

 何事かと驚いた私が振り向くと、大型トラックが見えた。狭い道をこちらに向かって一直線に突き進んでいる。――左右の電柱をなぎ倒しながら。

「ええっ!? 事故!? てか、なんで止まらないの? 運転手は?」

 確認しようにも、ちょうど朝日がフロントガラスに反射してしまっていて、運転手の顔は見えなかった。それでも、かろうじて体のシルエットは見えたので、誰かが乗っていることだけはわかる。

 無人の自動運転が事故を起こすこともたまにはあるのだが、こうも派手な事故が起きてしまうのだから、やはり人間の運転は危ない。なんで運転なんてしているのかはともかく、ひょっとすると病気か何かで運転手が気を失ったのかもしれない。そうだとすると、今の私にできることは何もなさそうだ。あとは通報して救急車を呼ぶことくらいだが……そのトラックはますます加速して、もはや暴走状態。しかも、よりによって、こちらの方向に向かって突っ込んできている。どうやらスマホを出すとか、そんな悠長な時間はなさそうだ。

「ちょっとぉ! 私はまだ異世界には行きたくないぞぉー!」

 来週は新作アニメの放送日だし、心待ちにしていたラノベの発売日も来月に迫っていた。コンビニで新春のお菓子もチェックしたいし、この世界にはまだまだ私のやるべきことがたくさんあるのだ。

 当然、反対方向へと、私は必死に走る。

 だが、電柱さえもなぎ倒すパワーの暴走トラックは、止まる気配さえない。

 荒れ狂う轟音が背後から、ますます加速しながら追いかけてくる。

 これでも必死に逃げようと、もつれる足でアスファルトを蹴って走っている……のだが、左右はブロック塀で囲まれていて――ああ、まずい、このままでは逃げ切れない。私の足さん、今だけで良いから。お願い動いて!

 だが、日頃の運動不足が祟ってしまったようで、とうとう根を先にあげた私の両足はカクンと力尽きてしまい、私はその場に転んでしまった。背後を見れば、もうあと数メートルという距離に大型トラックが。厳つい金属のフロントバンパーが迫ってきていた。きっとあれにぶつかれば、痛さなど一瞬だろう。

 ……やっと私もそっちに行けるね、お父さん、お母さん。

 私の脳裏に両親の葬儀の執り行われる思い出が蘇っていた。喪服の大人達がいっぱいいて、それ以来ずっと、私だけひとりぼっちだった。

 まだこちらでやりたいことはいくらでもあったが、それも悪くないかと思った。

 両親に会えるなら。

 きっとお父さんやお母さんは遅刻したからそんな目に遭ったんだと最初こそ諭してくるだろうけど、最後はきっと笑って抱きしめてくれるだろう。

 それでいい。

 ただ、これ、ぶつかったら相当痛いだろうから、ひと思いに撥ねて欲しいと、恐怖の中でそれだけを天に願った。

 そう願うしかなかったのだ。


 ――でも、私が地獄に落ちたら?

 両親には永遠に会えないだろう。そして、私が地獄に落ちる絶対的な理由もあった。

「いやっ!」

 やっぱり死にたくはない。ごめん、お父さん。さくらがワガママな子で。

 私が必死に身構えたとき、目の前に光が現れた。

 奇妙な光の球。

 それは最初、拳大だった。中心は黒く闇に包まれ、しかし、不思議と光を纏っている。それが急激に大きくなり、人の大きさになると、中から誰かが躍り出た。

 揺らめく髪の毛は長い。

 彼女は大型トラックのほうを見ながらその場に綺麗に立った。

 その様は燦然と、逆光の朝日を背に、あたかも青き天使が空から舞い降りたように見えた。

 誰?

 それよりも、危ない!

 私はそう叫びたかったが、恐怖で体が完全に強ばっていて、声も出せなかった。

 長い髪をなびかせた少女は、すっと右手を差し出すと、大型トラックへ向けた。

 なぜそんな事をしたのか、意味がわからなかった。

 大型トラックを片手で止められるとでも彼女は思ったのだろうか。

 だが、それもどうでもいいことだ。

 どうせ彼女も助からない。

 終わりだ、と私が絶望した次の瞬間、意外なことが起きた。

 大型トラックの前面が激しくへこんだのだ。

 ドン、ドン、ドン、と、三発。それぞれ直径一メートルくらいのクレーター状に。

 さらに、重いはずの車体が、重力の法則に逆らって宙を舞う。

 私は息を呑んだ。

 大型トラックが空を飛んでる!

 そのまま私の頭上を跳び越え、大型トラックは放物線を描いて向こうの地面に墜落した。

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