5
「ヴェール様だわ。」
「え?誰のこと?」
「10年前にこの国をお守りくださった方よ。」
「ヴェール様!」
「ヴェール様よ!」
馬の背に乗せられたまま、オリベルトの門を抜けると、賑わっていたであろう市場の視線の多くがこちらを向いた。鈍く深く突き刺さる。歓迎されているものとは感じられなかった。グリシーヌの背中に身体を預けていたのをいい事に、目を覚ましていないフリをした。
向けられた様々なものを背に、グリシーヌも俺も黙ったまま、ただゆっくり城の方へ向かって行った。
「グリシーヌ様、ヴェール様、お帰りなさいませ。お待ちしておりました。」
城で出迎えてくれたのは、グリシーヌの付き人らしい。ふたりとも知らない顔な気がする。
「ヴェールを部屋までお連れしてください。私は国王のところへ向かいますので。貴方は私と一緒に来てください。」
「御意。」
「御意。ではヴェール様、こちらへ。」
そのうちのひとりにより馬から降ろされた俺は、名もわからぬ彼に続き夕暮れに染まった廊下を歩いた。内装の趣味は相変わらずだ。そしてあの頃以上に仰々しい。緑の国とは思えないほど、金銀と赤でゴテゴテとしている。国王の趣味丸出しという感じだ。歩くたびにそれらが反射しあって、目に悪い。植木ひとつでも、あればいいんだがな。
「こちらのお部屋でございます。」
立ち止まった彼は重たそうな扉を開け、
「お召し物は、こちらをご利用ください。湯浴みをされたい場合は、ご準備いたしますのでお申し付けください。」
「わかった。……あのさ。」
「いかがなさいましたか?」
「名前を聞いていないと思って。呼ぶときに不便だろ?」
「……5号と申します。」
「ゴゴウ……?」
「はい。そう名乗るように言われております。」
「そう……5号ね。」
「それでは、私はこれにて失礼致します。」
それ以上の質問はさせまいとばかりに、俺の言葉が切れた隙間を縫って、部屋を出て行った。不思議な感覚がある。懐かしさと冷たさとが互いに相容れないと、俺の周りを旋回している。彼とは以前にも会っていたのではないだろうか。わからない、思い出せない。
バタンと扉が閉まった後は、しばらくベッドに腰掛けていたが、心のざわつきが消えない。何故なら、廊下の華やかさが嘘に思えるような部屋だったからだ。清く整えられ、華やかさすら感じる紳士服を纏っていた5号から温度を感じることが難しかったように、違和感を覚える。
埃が舞っているわけではないし、鏡も綺麗に磨かれ掃除が行き届いているのもわかる。それでも全てが冷たい灰の色をしているこの空間に、違和感が拭えない。果たしてあの頃もこんな感じだったのだろうか。思い出せない。
しばらくするとコツン、と窓に小石か何かが当たる音がした。
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