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 フローラさんと言葉を交わしたあと、どのくらいの眠っていただろうか。歩く音が近づいてきて目が覚めた。

「目が覚めたのですね。」

 生憎かなり耳は良い方なので、ぼそっと遠くで呟かれたその言葉も薄っすら聞こえた。

「眠りすぎではありませんか?貴方が動けないせいで、ここに結界を張り続けていたんですよ。まぁ、それなりに安全なところで眠ってくれていたので、良しとしましょう。」

 その言葉達は俺にかけられているものらしい。早足で接近しながら早口に言葉を並べるものだから、うまく拾えない。それらは耳の近くに散らばり、溶けて消えた。寝起きって不便だ。

「花の神フローラ様とはお話しできましたか?様子を見に来るたびに、貴方のことをずっと気にかけておいででした。」

 そうだろうな。心配をかけただろうな。ずっとフローラ達が森を守ってくれていたのであろう。改めてお礼を言わないといけないな。

「動けますか、ヴェール。」

 声の主……グリシーヌは、俺のすぐ傍に立っている。その衣服から、その風貌からイメージするのは難しいような、甘く執拗な香りがする。鉛のように重い。趣味が変わったのだろうか、知らない香りだ。

「……まだ動けそうにないですか。わかりました。」

 俺の表情から何かを察したらしい。声をかけたいが、言葉は喉まで到達できていない。やはり寝起きは不便だな。やっとの思いで絞り出てきたのは、

「お」

 一文字。言葉が溜まっていそうな場所を撫で、潤いを失った唇をこれでもかと動かしながら、言葉を搾り出す。

「……俺……どの、くらい、眠った?」

 はぁ、と溜め息をもらし、答えた。

「10年です。貴方が眠っている間の話は、また後でしますから。」

 そうか、そんなに眠っていたのか。その間、この男は何度か来てくれていたんだろうか。眠っている時の記憶はないし、実際のところはわからない。

 自分がなぜ眠ることになったのかも、今のところは思い出せない。まぁ徐々に思い出せるのだろうが。

「思考を巡らせている顔をしている。」

 時が経ったからなのか、俺の知る頃より柔らかい顔をするようになったらしい。俺の頭を撫でながら言った。

「ご自身の今の状況も、まだ理解が追いつかないでしょうから、仕方ないですね。こんなにも眠ったのは初めてのことですから。」

 その声は、どこか遠い場所に向いているような気がした。目の前の俺に向かわず、ふわふわと浮いている。しかし、その眼差しだけは強く刺さる。太く鋭く、獲物を射止めるような眼差し。深く焦がされるような感覚。この感覚は、10年経っても覚えているようだ。

「さぁ、帰りましょう。しっかり捕まっていてくださいね。」

 また柔らかな顔になり、慣れた手つきで馬に跨った。浮遊魔法でふわりと俺を浮かせて、後ろに乗せた。

 その魔法も、その体温も、手をまわした時の感覚も、全てがすごく温かく優しかった。


「ヴェール」

 凛としたフローラさんの声がした。

「またいつでもおいでなさい。私達はいつでも貴方を待っているわ。」

 ありがとう、フローラさん。きっとまたすぐに来るよ。

「フローラ様、ありがとうございました。本日はお暇いたします。」

 グリシーヌの声は真っ直ぐだった。


 フローラさんと花の精霊たちのお見送りを背に、グリシーヌの愛馬は走り始めた。俺はグリシーヌの背に頭を預け、瞼を下ろした。

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