第3話

次の日から深町さんは俺と目を合わすことなく、すぐに鞄を持って帰るようになってしまった。調べたいことがあると話していたのでそのためかもしれない。ただ、会話が出来る人が深町さんしかいないので、俺は所在なさげにぷかぷかと浮いていることしか出来なかった。

昇降口付近で帰る生徒たちを見下ろしていると、目の端に石黒が入り込んできた。隣で親しげに話しているのは、里見さんだった。生前、石黒は里見さんと全く話したことはないと話していたし、好みじゃないみたいなことを口にしていた。だけど、今の2人は互いに微笑み合っていて、肩に手を置いたり手を繋いだりとても親しげだった。俺が死んでから付き合い始めたのかもしれない。それにしても、間を置かなすぎていないか?とも思える。

切ないけれど、石黒の幸せなら願いたい。そうともなれば、深町さんに代筆をお願いしたのが無駄になってしまったな、と思った。胸はきりきりと痛んだが、すでに死んでしまっている人間より未来ある人間とのこれからを築いていくことが大事だと無理やり言い聞かせた。


「伊島くん、ちょっといい?」

ふよふよと廊下を浮いている時に声をかけられた。見下ろすと深町さんが少し切なそうにこちらを見上げている。

「里見さんのことだよね?知ってるよ、石黒と付き合ってるんだろ?」

「知ってるならあらためて言うけど、石黒くんは伊島くんの想いを知る前から彼女と付き合ってるわよ」

すうっと、体の温度が一気に下がっていく感覚が走った。

「里見さんだけじゃない。島本さん、守川さん、坂下さん、伊島くんがいいなぁと思った子たちに全員石黒くんは交際を申し込んでる。付き合ったとしても短期間ですぐに交際を解消してる。伊島くんが意中の人と交際できないように先回りして妨害していたの」

「何で、そんなこと……石黒は、応援してくれていたかと思っていたのに」

手が震えるのを感じ、俺は自身の体を抱きしめた。そして、自分の体が少しずつ透き通っていることに気がついた。

「これは憶測だけど、石黒くんが伊島くんを応援する振りをしてクラスの中で良い人として確立させたかったと思うの。だけど、それだけじゃ周りの印象も薄い。もっと自分のキャラクターを確固たるものにするためには、伊島くんのためにあれこれ手を尽くしても、確実に好きな人と結ばれない必要がある。だから告白する前に自分が相手と付き合うようにして、打ちひしがれた伊島くんを茶化したりして笑いを取って自分のキャラクターを目立たせようとしたのかもしれない」

「―――俺が、何だって?」

はっと後ろを振り向くと、いつの間にか石黒とその横に青ざめた表情の里見さんが立っていた。

深町さんを見下ろすと、彼女は驚いた表情をしておらず落ち着いていた。わざわざこの話を聞かせるために話していたとしか思えない。

「誰もいないところで俺の悪口をべらべらとまくしたてて、何なのおまえ?」

「石黒くんは伊島くんの好意を利用して最大限に傷つけて周りからの承認欲求を満たそうとしているっていう、独り言?」

「はぁ?!ふざけんな―――」

「ねぇ、トウマ、伊島くんってこの前死んじゃったっていう同級生だよね?私のことを、助けてくれた人でしょう?」

「助けてくれた……?」

深町さんの呟きに、石黒は大きく舌打ちをした。

「伊島くんは、私の元カレが家の前までついてくるようになって、無理やり体を掴まれそうになった時に彼氏の振りをしてくれてその場から連れ出してくれたの。その後も何度か一緒に帰ってくれて、元カレがいつの間にか離れてくれてとても助かった。だけど、トウマから伊島ミチルは善意で私に付き添ってくれたわけじゃないし、元カレとは繋がっていて私を怖がらせようとしていただけだって。絶対に、信用するなって」

「……よくもまぁそんなでたらめがべらべらと口から出るわね。反吐が出るわ。伊島くんの書いた里見さんへの手紙だって、石黒くんが回収したんでしょう?里見さんへの想いが露見しないように」

里見さんは口を押えながら、ゆっくりと石黒から離れていった。

「……何で、手紙のことをおまえが知っているんだよ」

「聞いたからよ。伊島くん、本人からね」

「はぁ?!そんなわけないだろ。あいつは事故で死んだんだよ!」

「伊島くん、聞こえてるよね?」

深町さんが見上げながら呟いた。俺はゆっくりと頷いた。深町さんは目を閉じて、両手を大きく広げた。

「これからは、本人たちできちんと話し合って。少しの間なら大丈夫だから、伊島くん、私の体に降りてきて」

「そんなこと、可能なの?」

「悪意ある霊だと乗っ取られそうになるけど、伊島くんなら安心して任せられる」

「―――うん、分かった」

俺はそのまま深町さんの背中めがけて飛び込んだ。目の前を青い光の粒子がばちばちと弾けたかと思うと、俺はいつの間にか怯えた顔をした石黒と対峙していた。

「……何なんだよ、伊島って。ここにいるわけないだろう!気持ち悪いこと言うなよ!」

『石黒、俺はここにいるよ』

石黒はびくっと体を震わせると、あからさまに口元を歪めた。

「深町、ふざけたことしてんじゃねぇよ。伊島の振りをしたってな、分かるんだよ」

『一年の時、二人で自転車二けつした時に河川敷で思いっきりすっころんで左膝と右肘に大きな切り傷作ったよな。あと、一年の担任の下川先生の弁当に消しゴムの消しカス詰めたり、横山の上履きに校庭の小石敷き詰めたりして陰で笑ったりしてたっけ。色々なこと、石黒とはやったよなぁ……石黒は、俺が嫌いだった?』

石黒は体の力が抜けたように呆然と俺、いや深町さんを凝視した。そして、ぽつりと呟いた。

「……伊島は、めちゃくちゃ良い奴で、手紙なんか渡さなくても十分にもててたよ。だからこそ、すべてを持ってる伊島が憎くて嫌いだった」

『俺は、石黒と仲良くできて本当に嬉しかったよ。苦しめて、本当にごめん』

石黒はそのまま床に座り込んだ。そして、嗚咽を漏らしながら突っ伏した。里見さんは遠巻きにその姿を見つめているだけだった。

俺は深町さんから飛び出すと、深町さんはその場に崩れ落ちた。

「深町さん!」

「……大丈夫よ。ちょっと消耗しただけ。にしても伊島くん、今ので良かったの?散々石黒くんに酷いことされたんだから霊障でも引き起こしてやればいいのに」

「……いや、石黒は俺のことが本当は好きだったんだなって、分かったから」

俺は手のひらを見つめると、床が透けて見えた。そろそろ時間切れなのかもしれない。

「深町さん、短い時間だったけど、本当にありがとう。そろそろ、行かなきゃならないみたいだ」

「―――そう、あの世でも元気で」

「……チルチルミチルはさ、幸せの青い鳥を探してるじゃん。俺もずっと青い鳥を探していたのかもしれないけど、結局は心の内に正直な気持ちがあったんだなって」

深町さんは不可解そうに首をかしげた。

「生きている内は、気づくことは出来なかった。だけど、死んだからこそ、深町さんの優しさや思いやりに気付くことができた。死んでからだったから、遅かったのかもしれないけど。深町さん、好きです。この想いはあっちの世界に持っていくね」

深町さんはぶわっと顔を赤らめた。その正直な反応に、俺はけらけらと笑い声を上げた。

俺はそのまま勢いよく校舎の外へ投げ出された。自分が短い間過ごした校舎が下に見える。上を見上げると白い筋のようなものが空にまで続いていた。あの世への道を示してくれているのだろう。

俺は上りながらとても満足していた。やっと、好きな人に自分の口から想いを告げることができた。

俺はくるくると回りながら煌々と光を発している大きな穴の中に飛び込んでいった。





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チルチルミチルは空に行く 山神まつり @takasago6180

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