その迷惑の先にあるのは Ⅵ

 この前の女か。謝りに来るなんざぁ、随分と律儀なやつだな。


「元気になったか。ま、良かったな」

「おかげ様で。それで、あの、パーティーの方々にもお礼と謝罪を申し上げたいのですが⋯⋯」


 グリアムは顎で中に入れと促す。何度も頭を下げながら、申し訳なさそうにグリアムの後ろをついて行った。


「この間の姉ちゃんがおまえらに謝りたいってさ」


 女はグリアムの言葉に、間髪容れずにその長身を小さく折って見せる。


「す、すいませんでした! ご迷惑をかけたうえに助けてまで頂いてしまい、申し訳ありませんでした」


 あれ?

 ヴィヴィはぶんむくれているし、イヴァンの表情もまた随分と冷ややかだな。自分で助けておいて、何がそんなに気に入らないんだ?


「ほら、おまえらも、わざわざ謝りに来ているんだ。そうむくれるなよ」

「そうですけど⋯⋯まぁ、グリアムさんがそう言うのなら、構いませんけどね!」

「コイツ、なんかイヤ」


 プイっと横向いちまったよ。まったくガキじゃないんだから、まったく。


「なんかイヤって⋯⋯。あんたも何だか随分と嫌われたもんだな」

「いや、まぁ、はぁ、仕方ありません。やってはいけない事を二度もやってしまったので」

「まぁ、謝りに来たって事は不可抗力なんだろう。こいつらにはあとでちゃんと説明しておくから、もう気にするな。それと、無理に単独ソロで潜るなよ。次からは、だれかと組んで潜れ」

「はい⋯⋯分かりました」


 女は大きな体を小さくしたまま、暗然とした表情で俯いた。

 

 随分と素直だな。オレのことを何も言わんって事は、相当な罪悪感に襲われているのか。

 にしてもだ⋯⋯。

 なぜ帰らん?


 椅子に座ってじっとしたまま、女は動く気配を見せない。


「姉ちゃん、もういいぞ。このふたりには、あとで言っておくから」

「はい⋯⋯」


 何だ? 煮え切らんな。

 

 女は俯きながらこちらをゆっくりと見渡し、また俯いた。


「何だ? まだ何かあるのか?」

「⋯⋯いえ⋯⋯いや⋯⋯その⋯⋯」

「何だよ。言えよ」

「は、はい! わ、私をここに入れて貰えません⋯⋯か! ⋯⋯って、ダメですよね⋯⋯」


 女は顔を上げ一気にまくし立てると、また俯いた。

 イヴァンはピクリと僅かな反応を見せ、ヴィヴィはプイっとそっぽを向いたまま女の顔すら見ない。グリアムは独り、女の言葉の真意について考える。


 まぁ、確かにこの状況でよくそのセリフを吐けたものだと思うが、それだけ本気でもあるって事なのかも知らんな。

 メンバーね。

 さて、どうしたものか。肝心のパーティーに嫌われちまっているからな。

 とは言え、この間の動き事態は悪くなかった。


 グリアムは躊躇なくトロールへと、飛び込んだサーラの姿を思い出す。


「しかし、おまえ、この状況でよくそれ言えるな」

「ですよね⋯⋯。さっき言われた通り、単独ソロでの限界は前々から感じていて、パーティーを探してはいるのですが、これがなかなか⋯⋯ハハハ⋯⋯」


 女は力なく笑うのが精一杯に見えた。グリアムは顎に手を置きその言葉の真意を考える。その上で、この眼鏡女の扱いをどうするべきかと。


「何でまたここに入りたいと思ったんだ」

「それはですね⋯⋯ピンと来たからです。それで受付の方に相談したところ、ここをとても勧められて、私の勘もなかなかじゃないかなぁ⋯⋯なんて⋯⋯」

「受付? ミアか?」

「そ、そうです!」


 あいつミアが一枚噛んでいるのか。しかも、あいつミアはゴーサインを出した⋯⋯。

 さて、どうしたものかね、決めるのはオレじゃねえしな。


「イヴァン、おまえの大好きなミア様の御推薦だってさ。どうする?」

「ミアさん?! どうするって言われても⋯⋯」

「このパーティーはおまえがリーダーだ、おまえの好きにしな」

「あれ? 案内人シェルパさんの仕切りじゃないのですか??」


 驚きを見せる女に、グリアムは嘆息して見せた。


「なんでメンバーでもないオレが決めるんだよ。決めるのはリーダーの仕事だろ」


 グリアムの言葉に女も納得した様子で、しっかりと顔を上げてイヴァンの言葉を待っていた。ミアの名が出た事でイヴァンの脳内が若干虫食バグったのか、困惑の表情を見せる。


「あの⋯⋯宜しくお願いします! ホント、頑張りますので」

「だってさ。ほら、ヴィヴィもいつまでもむくれていないで許してやれよ。何がそんなに気に入らないんだ?」

「だって、こいつグリアムを軽く見てた⋯⋯だからムカつく」

「⋯⋯あのな、何べんも言っているけど、シェルパってのは、そういうものなんだよ。この姉ちゃんは案内人シェルパって呼ぶだけ相当マシだ」

「でもさ、こいつ、『こんな仕事』って言ってた⋯⋯」

「それだよ、僕も思った。『こんな仕事』呼ばわりはないよね」


 やれやれ、どうでもいいところに変なツボを作ってやがんな。


「他のヤツに比べたら、ぜんぜん軽く見てなんかいないって」

「み、見てません! むしろ、凄いと思いました! ホントですよ」

「むむ」

「ほれ、いつまでもへそ曲げているな」


 グリアムは、ポンとひとつヴィヴィの頭に手を置いた。その柔らかな手つきに頑なだった頭が少しだけ柔軟になる。剣呑な表情のままだが、ようやくヴィヴィが前を向いた。


「なんかグリアムさん、やけに彼女の肩を持ちますね。救助も渋らなかったし⋯⋯」


 あ、そういえばヴィヴィの時は渋ったものな。


「そらぁ、あのヴィヴィの時とは事情が違う。この姉ちゃんを助けた事でパーティーの評価は上がるし、報奨金も出る。ってなれば助けてもいいか、ってなるさ。ま、この間のクソみたいなヤツらなら放っておくけどな。どちらにせよ、オレが置いていくと言っても、おまえは助けるって言ったはずだ。違うか?」

「⋯⋯まぁ、そうですけど」

「いやぁ、その節は本当にありがとうございました」

「あんたが口挟むとややこしくなるから少し黙っていろ」

「は、はい!」


 女は背筋を伸ばし、こちらに向き直した。


「グリアムは何か、こいつを入れたそう。何で? ムカつかないの?」

「あ、そうか? そうか⋯⋯確かに入れてもいいと思っているな。ムカつく事なんか何もない。むしろ、こいつは結構やるぞ。トロールでへまはしたが、戦力になると思う」


 そして【忌み子】を気にしていない。


「ムムム」

「だからいつまでもへそ曲げてるな。とは言え、決めるのはおまえ達ふたり。オレはその意見を尊重するだけだ」

「断るのもあり? ですか」

「もちろん」


 グリアムは大きく頷いて見せた。イヴァンは激しく悩んでいるのが分かる。落ち着きなく、頭を何度も搔きむしっていた。

 

 さて、どうするのかね。

 オレが口出しするのもここまでだ。

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