その迷惑の先にあるのは Ⅴ

 少し固い膝の上に頭を預けると、おじいちゃんの冒険譚が始まる。その低い声が膝を通じて、頭に響き渡ると目の前にはダンジョンでの冒険が繰り広げられた。柔らかな低音に包まれ、心地好い揺らぎが、微睡みを呼ぶ。


(それでおじいちゃん、ダンジョンはどこまであるの?)


 小さなサーラは、微睡に抗いながら、おじいちゃんへと顔を向けた。


(うん? さあな、どこまであるんだろうな。じいちゃん達は、途中までしか行けなかったから、サーラ、おまえがどうだったか見て来てくれんか?)

(わかった。見て来て、おじいちゃんに教えてあげるね)

(ハハ、そうか、そいつは楽しみだ)


 おじいちゃんのごつごつした手が、優しく頭に置かれた。小さなサーラは、目を閉じ、体を委ねていく。


(尊敬出来る仲間を見つけて、いろんなものを見て、いろんな事を体験するんだ。こんな素晴らしい事は、他に見当たらんぞ)

(そんなに?)

(ああ。そんなにだ)


 そう言ってまた、ごつごつした手が優しく包み込んでくれた。手の平から伝わる温もりが、小さなサーラを眠りへと誘う。


■□


 夢?


 断片的な意識の覚醒が、サーラにフラッシュバックを呼び起こす。

 脳裏を過る記憶の断片は、自分の常識を覆す光景だった。

 大きな荷物を背負った案内人シェルパのナイフが、一直線にトロールの左胸コアを貫く姿。

 何度となく脳内で繰り返し再生されるその光景は、祖父の膝枕で聞いた冒険譚と重なっていく。

 

 案内人シェルパなのに、どうしてそんなことが出来るの??


『尊敬出来る仲間⋯⋯』

 

 頭の中で、祖父の言葉が何度も繰り返された。

 迷いのないその太刀筋は、一介の案内人シェルパの成せる技とは到底思えない。


 どうして、あんな動きが出来るの?


 サーラの中で敬意と困惑が混じり合い、憧憬は募っていく。

 

 もしかして、これも夢だったりして?

 

 ぼやけていた意識の焦点ピントが、合って来る。瞼の上から感じる白い光に意識はゆっくりと覚醒していった。


「お目覚めかしら、サーラ・アム」


 いつもギルドの受付で見かける美しいエルフの姿と柔らかな布団、そして清潔な部屋。

 ここが、さっきまで確かにいたはずの、暗くごつごつとした壁に覆われたダンジョンでないのは明らかだった。緩慢な意識はすぐに状況を把握する事は出来ず、覗き込む美しいエルフの微笑みをぼんやりと見つめる。


 受付によくいるエルフさん⋯⋯?


 なかなか意識がはっきりと繋がらないサーラの姿に、エルフは笑みを深め、言葉を続けた。


「ここはギルドの療養施設よ。あなたはダンジョンから救出されたの、ラッキーだったわね」


 ラッキー?

 救出?

 あ!


「あわわわ⋯⋯あの人達に迷惑かけちゃった?!」


 エルフの言葉に意識は一気に覚醒した。気恥ずかしい思いと、気まずさが同時に襲い掛かり、布団を頭まで被った。


「あらあら、そんな感じなの?」

「ぇ⋯⋯あ、まぁ、そんな感じです。二度も迷惑をかけてしまって⋯⋯って、助けてくれたのはもちろん、青年と少女のパーティーですよね。案内人シェルパのおじさんと三人組の」

「そうよ」

「ぁあああ⋯⋯謝らないと、でも気まずい」


 エルフは悶絶するサーラに苦笑いで嘆息する。


「まぁ、とりあえず謝っておきましょうか、彼らならきっと大丈夫よ」

「⋯⋯はい」


 サーラは布団から涙目だけ出して、すこぶる申し訳なさそうにしていた。


「それで⋯⋯あの⋯⋯」


 言い辛そうに告げるサーラの申出に、エルフはニッコリと微笑んで見せた。


□■□■


 コンコンとノックの音にグリアム達は顔を上げた。

 この間の潜行ダイブは予定階数に届かず、イヴァンとヴィヴィは悶々とした日々を過ごしている。予定通りにいかないことなんて日常茶飯事。気にしても仕方のない事なのだが、理由が理由だけに経験の浅いふたりは腑に落ちずにいた。


「私、出るよ。はいはーい!」


 ヴィヴィが、玄関へと小走りで向かう。カチャっと扉の開く音が聞こえると、バタン! と、扉はすぐに閉じられた。ヴィヴィはまた小走りでリビングに戻ると、何事もなかったかのごとく、平然と腰を下ろす。


「だれ?」

「あ! だれもいなかった」


 ヴィヴィは飄々とイヴァンに即答した。


 いやいや、そんな訳あるまい。


 グリアムとイヴァンは顔を見合せ困惑する。

 コンコン。

 と、またノックの音。


 ほれ見ろ、だれもいない訳なかろう。


 グリアムは深い溜め息と一緒に、腰を上げた。


「まったく⋯⋯。いいよ、オレが出る⋯⋯。どちらさん? って⋯⋯」

「す、すいませんでした。いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 玄関を開けると、そこに立っていたのは、凄まじい勢いで頭を下げている眼鏡女だった。そのあまりの勢いに、グリアムは思わずたじろいでしまう。

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