その迷惑の先にあるのは Ⅱ

「グ、グリアムさん! 何ですかあれ!?」

「何アレ? いっぱい過ぎるよ。グリアム、どうなってるの?!」

「うるせえ、いいから走れ!」


 グリアムは、困惑するイヴァンと、現状を把握出来ていないヴィヴィの背中を必死に押した。


 ホブゴブ(リン)にベイビートロールにスライム⋯⋯。よくもまぁ、こんだけ、引き連れたもんだ。


 数えるのもイヤになるほどの大量のモンスターが踏み鳴らす、無数の足音が響き渡る。単体で来られる分にはなんの問題も無いモンスターでも、地面を埋め尽くすほどの大きな群れとなると話は別だった。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】はモンスターを背に疾走する。モンスターの群れはその背に喰いつかんと、背中に猛烈な圧を掛けてきた。


「ヴィヴィ、イヴァン! 詠え! 焼き払うぞ」

「は、はい⋯⋯炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火イグニション】」

「グリアム、いっちゃっていい?」


 ヴィヴィが前を睨んだまま冷静な声色を響かせた。


「ああ、かませ!」

「よーし! 【炎嵐イグニスプレカドール】」


 イヴァンの剣が炎を纏い、ヴィヴィは両手をモンスターの群れへとかざす。


「女! 避けろ!」

「え!? あ、はい!」


 訳の分からぬまま眼鏡の女は横へと跳ねた。


「いっけーー!!」


 業火が唸る。業火のうねりが、モンスターの群れに向かい、炎の道を作って行く。

 炎の道がモンスターの群れを飲み込み、洞内は橙色に染まった。

 

 熱っ! なんつう火の勢いしてんだ。 


 その熱は後ろに控えるグリアムまで届き、あまりの熱量にグリアムは言葉を失ってしまう。


『『『『ギャァアアァァァアアア』』』』


 ヴィヴィの放った炎のうねりが、埋め尽くしていたモンスターを焼き払う。業火は坑道を塞ぎ、モンスターの逃げ道をも塞いでいた。モンスターの断末魔と何かが焼ける匂い。プスプスと立ち昇る煙にモンスターの勢いもすぐに消し飛んだ。

 

 ⋯⋯すげえな。

 

 聞いた事の無い詠唱から放たれた、Sクラスと見まがうド派手な一撃は、その場に居合わせた者から言葉を奪っていた。


「イ、イヴァン!」

「は、はい!」


 グリアムもイヴァンも、業火の勢いに一瞬、佇んでしまう。ヴィヴィの一撃は、極大の衝撃インパクトを与えていた。

 炎を免れた数匹のモンスターを、イヴァンの剣が瞬殺していく。手応えの無い相手にイヴァンの剣にキレはなかった。モンスターの群れは消滅し、洞内に静けさが再び戻る。

 

 イヴァンが炎を纏う必要なんてなかったな。というか、ヴィヴィの一撃で終いだ。ここまで使える術師だとは。しかもあの詠唱、魔族のものなのか。


「ヴィヴィ、凄いよ」

「アハ、本当? 褒められた」

「いやぁ~君達、ゴメンゴメン。すまなかった、助かったよ」


 長身の女は長い体を、ふたりに折って小さくなっていた。


 しかし、この女デカイな。オレより頭半分はデカイ。


 立派な体躯だけ見れば、かなりやりそうな雰囲気があるが、眼鏡のせいかそこまでの圧は感じさせない。眼鏡とその奥に隠れている愛嬌のある顔立ちが、そう思わせるのかも知れない。

 

 携行している武器がねえな。拳闘師ピュージリストか? 斜め掛けしている書きかけの白地図か⋯⋯地図師マッパー単独ソロって所か。


「あなたは大丈夫ですか?」

「私? 私は大丈夫、ピンピンしてますよ。それにしても君達は強いですね。あの群れを一蹴なんて、もしかしてBクラス? え? まさかAクラス?」

「いやいや、僕達はまだ駆け出しのパーティーですよ」

「そうなの?」


 イヴァンと女のやり取りを尻目に、目ぼしいドロップがないか、群れの焼け跡をグリアムはゴソゴソとまさぐっていた。


 火力が強過ぎて、ドロップも焼けちまったみたいだ。まぁ、仕方無いか。

 

 顔を上げると、イヴァンがこちらに駆け出して来るのが見えた。


「すいません! 手伝いますよ」

「あ、いや。いいぞ。目ぼしい物は無さそうだ」

「そうだよ、こんな仕事は案内人シェルパに任せればいいんだよ。その為に雇っているのでしょう」

「「え?」」


 女の言葉に、イヴァンとヴィヴィの顔つきが同時に変わった。

 

 え? いや、ちょっと待て。まさか、またか?

 

 ふたりの表情はあからさまに不機嫌になり、険しい表情を女に向けていた。鋭い表情で睨まれる女には戸惑いしかない。


「え? って、いや、だって、ドロップの回収って、案内人シェルパの仕事でしょう? やらせておけばいいじゃない。え? な、なんでそんなに睨むの」

「⋯⋯助けて貰ったくせに、何でそんな事を言えるの」


 ヴィヴィが、普段は見せない険しい顔で女を睨んだ。


「え? だから、ありがとうってお礼を言ったじゃない。もしかしてお金? ドロップが欲しいの? 大したもの持っていないよ⋯⋯」

「そういう事ではないです。グリアムさんは、僕達の大切な仲間です。ぞんざいな物言いは止めて貰えますか」


 グリアムもまたヴィヴィと同じく険しい表情で女を睨んだ。


「え? え? だって案内人シェルパでしょう? え? 何でそんなに怒るの??」

「お礼を言うならグリアムにも言いなよ」

「え? 案内人シェルパに? 言うのはいいけど⋯⋯え? え? だって、彼、何もしていないよ??」


 女の困惑は分かる。はぁ~やれやれだな。


「はいはい、ストップ。あんたも別に礼なんていらんぞ。イヴァンもヴィヴィも、なんと言うか⋯⋯ありがたいっちゃ、ありがたいが、シェルパの扱いなんて、こんなものなんだよ。世間一般じゃ、この姉ちゃんの反応が正しい」

「でも⋯⋯」

「イヴァン、この姉ちゃんもシェルパの事を“荷物持ち”では無く“案内人”と呼んだ。それだけで十分なんだよ。決してシェルパを見下してはいない。潜行者ダイバー案内人シェルパの間には、越えられない大きな壁があるんだ。だから、シェルパはパーティーに入れない。これがこの世界の常識だ。シェルパをぞんざいに扱うなんざぁ、良くある話。いちいち目くじらを立てるなって事だ」

「グリアムさんはいつもそう言って⋯⋯事なかれ主義もいいですが、どうかと思いますよ」

「イヴァン、オレがいいって言ってんだからいいんだ。この話はしまいだ。姉ちゃんももう行け、あんたがいると話がややこしくなる」

「はい⋯⋯あ、すいません、上の回廊ってどっち? 教えて貰えます」


 うん? こいつ地図師マッパーじゃないのか?

 ひと悶着あったってのに、なんというか食えねえやつだな。


「三つ先を右、T字に当たるからそれをまた右だ」

「⋯⋯三つ先とT字を右ね⋯⋯ありがとうです! じゃあね」


 道先でぶつぶつと唱えながら女は消えて行った。

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