その迷惑の先にあるのは Ⅲ

 なんか疲れたな。てか、あの女地図師マッパーじゃないのか? あのぶら下げている地図は何だ? 飾りか?


「さっきのやつを下でやられたらキツいですね」

怪物行進パレードか。場合によっては、逃げの一手だ。だが、まぁ仕方のない面もある。捌ききれないほど湧く事もあるさ。あの姉ちゃんは最後まで現場に居たろう、逃げ出さなかっただけでもだいぶマシだ」

「そうですか」

「ああ。この間の三下共なら、押し付けてサッサと逃げちまうだろうな。しかし、ヴィヴィの一撃はビビったぞ。魔力切れ起こさないのか?」

「大丈夫。まだ全然残っているよ」

『⋯⋯グゥゥゥゥゥゥ』

「すげえな⋯⋯うん? どうした? テール?」


 テールが歯を剥き出しにして唸り出した。自然に視線は唸る先へと向いて行く。左へ折れている坑道の先からイヤな圧が感じ取れた。それはイヴァン、ヴィヴィも同じで、イヴァンは剣を構え、ヴィヴィはボウガンの狙いを合わせて行く。何かが来る気配。頭に鳴り響く警鐘に緊張が走った。

 イヴァンの剣を握る手に力が入り、ヴィヴィはいつでも撃てると左腕を上げて行く。

 死角から飛び込む影。そいつに思わず目を見張った。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

「ごめーん! って、あれ? また君達?」


 角から飛び出して来た身覚えのある眼鏡女。

 だが、安堵するには早過ぎた。


『『『ガァアアアアアアアアアア!!』』』


 女を狙って一緒に飛び込んで来た。中型モンスターのトロールが三匹。

 人の倍ほどはある体躯を揺らし、こちらへと向かって来る。びっしりと長い黒毛で覆われた長い手足を器用に使い、女の背後へ猛スピードで迫っていた。


「グリアム! また、吹き飛ばす?」

「待て、ちょっと待て」


 三匹か。厄介だが、ヴィヴィの魔法を使うのはどうだ? これから先の事を考えれば、トロールくらい叩けるようにならなければ⋯⋯だよな。


「ヴィヴィはフォローに回れ! イヴァンは詠え、トロールには火だ」

「分かりました。炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火イグニッション】」


 イヴァンの握る剣が真っ赤な炎に包まれる。


「落ち着いて行け。叩けない相手じゃない。ヴィヴィも落ち着いて狙うんだ。狙うのは顔。目を狙ってイヴァンのフォローをしてやれ、いいな」

「分かった」

「まだだ、もっと引きつけろ」


 グリアムの言葉にふたりは黙って頷いた。

 全速力でこちらに向かって来る眼鏡女とトロールの姿が大きくなってくる。その姿にイヴァンの剣を握る手に力が入り、ヴィヴィのハンドボウガンが狙いを定めていく。グリアムは唸り続けるテールを小脇に抱え、いつでも動ける準備をした。

 獲物を見つけてテンション高めだな、おい。

 

 耳をつんざく咆哮が坑道に鳴り響く。トロールは、獲物が増えた歓喜の雄叫びを上げ、パーティーは、迫る危機に真っ向から対峙する。

 こちらに向かって必死に走る女が小首を傾げると、迫る巨躯に余裕のない表情で、困惑を叫んだ。


「まだ吹き飛ばさないの!!??」

「飛ばさん! 女、一匹は自分で叩け」

「あぁ~なるほど。了解了解」


 女の目の色が変わった。瞳に鋭さが増し、両拳に装着しているアイアングローブをゴツっと合わせて見せた。


「ヴィヴィ、顔だぞ。いけ!」

「うん!」


 カシュっと乾いた音を鳴らし、ヴィヴィの放った短い矢は、トロールの顔を目掛け飛んで行く。


『『『ガッァアアアア』』』

「もう!」


 トロールが、首を振り避ける。矢は顔の横をすり抜け、坑道の奥へと消えて行った。ヴィヴィは顔をしかめ、悔しさを隠さない。


「気にするな、その調子でバンバン行け」

「分かった」

「イヴァンは右! 女は左だ! 後ろのやつは後回し。イヴァン! トロールのコアは左胸だ」

「はい!」


 炎を纏うイヴァンの刃が大上段から振り下ろされる。


『『『ガァァァァアアァァ』』』


 炎を嫌い、トロールの足が止まる。その隣では、女が鉄靴アイアンブーツの重い前蹴りが炸裂、トロールの膝頭へと襲いかかる。膝が壊れる鈍い音が鳴り響き、トロールは悶絶と共に足が止まった。襲い掛かるふたりの圧にトロールの勢いは一気に削がれ、前への圧は止まっていく。


「ヴィヴィ! 今だ、狙え!」

「うん!」


 ヴィヴィは大きく息を吐き出して、狙いを定め、迫る的に集中を上げていった。


『『『ガァッ!』』』

「もう!! 避けるな!」

「その調子でいけ、焦るな」


 ヴィヴィが放った短い矢がトロールの頬を貫く。トロールが、深々と突き刺さった矢を地面へと投げ捨てた。頬から流れ落ちる血に苛立つトロール。怒りの矛先は眼前の獲物、イヴァンへと向いた。

 

 マズっ。二対一はマズイ。


 子供の頭ほどある拳が、イヴァンに襲い掛かる。ひとつを避ければ、また次とリーチの長い四つの拳が、イヴァンの切っ先を鈍らせた。ブワっと太い風切り音がイヴァンの顔面を掠めると、冷や汗と共に、次の一歩が鈍ってしまう。


「この! この!」

「ヴィヴィ、闇雲に撃つな。矢の無駄だ。ちゃんと狙え」

「ぐぅ~」

「ちょっと! そっち大丈夫!?」


 女の拳がトロールのみぞおちを見事に捉えた。くの字に体が折れるトロールが、呻き声を上げる。

 好機チャンスとばかりに女の目は輝き、逃すまいと拳に力を込めた。その拳をうな垂れているトロールへと向ける。顎を砕けとばかり、渾身の力で拳を突き上げていった。


「もらいっー!!」

「馬鹿! 女! そいつは誘いだ!」

「え!?」


 次の瞬間、女の体は壁に激しく打ち付けられていた。体の伸びきった女の体に、トロールの巨大な足裏が襲っていた。その衝撃カウンターは、人の体など小石のごとく簡単に吹き飛ばす。

 岩壁に激しく打ち付けた女の体が、ズルっと崩れ落ちる。激しい衝撃に立ち上がれないのは、だれの目にも明らかだった。


「かはっ⋯⋯!」


 女の口から血が噴き出す。糸の切れた人形のごとく膝を付く女に、とどめと言わんばかりの巨大な足裏が再び襲いかかった。意識が飛び掛けているのか、迫る危機にも女は反応を見せず、抗おうともしない。

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