その迷惑の先にあるのは

その迷惑の先にあるのは Ⅰ

 テーブルを挟んで、グリアムとイヴァンが睨み合っていた。翡翠色の瞳は、強い意志を放ち、グリアムを見つめている。グリアムはその瞳を見ようともせず、視線を外に向け、聞く耳を持とうともしなかった。


「ダメだ。イヤならここを出て、他を当たれ」

「どうしてですか!?」


 案の定だな。


 夕飯を食べ終えると神妙な面持ちのイヴァンが、グリアムの目の前にいた。

 イヴァンはBクラスを目指し、すぐにでも深層16階を目指したいと語気を強めた。

 イヴァンの実力は、グリアムも分かっている。だが、深層となれば話は別だった。どんなに優秀であっても単独ソロでの潜行などもってのほか。命を投げ捨てる愚行と言ったって言い過ぎじゃない。

 今、この小さ過ぎるパーティーで深層を目指すというのは、単独ソロで深層を目指すと同義。そんな自殺行為に付き合う気など、さらさらなかった。

 

 この間、三下に絡まれたのが、相当に堪えたな。焦ったって何もいい事なんぞありぁしねえのに。


「無理だからだ」

「いや、でも、僕達は深層から帰還して、ヴィヴィだってひとりで深層にいたのですよ。みんなで力を合わせれば行けます!」


 必死に口泡を飛ばすイヴァンに、グリアムはやれやれと溜め息をついて見せた。


「無理だ。いいか、若造。オレ達が帰還出来たのは、とてつもなくラッキーだったからだ。奇跡と言ったって過言じゃねえ。そして、ヴィヴィ。こいつはどうやって深層を生き延びたのか覚えていない。それは深層の経験が無いのと同義だ。ヴィヴィ、ひとりで彷徨っていた時の記憶はあるか?」

「え? 無いよ」

「ほれ、見ろ」

「でも⋯⋯」


 あからさまに落ち込むイヴァンの姿をグリアムは冷ややかに見つめる。

 中途半端な希望は身を滅ぼす。現実を踏まえたうえで、前に進む事を学ばなくてはならない。それはパーティーのリーダーとして、重要な資質のひとつである。


「イヴァン。行けないと言っているわけじゃねえ。“今は”行くなと言っているだけだ。準備が整ったら挑戦チャレンジすればいい」


 無言を貫くイヴァンの姿に、グリアムは呆れて見せる。


 頭じゃ分かっているが、心ではそう思えないって顔だな。


 うな垂れるイヴァンに掛ける言葉は、これ以上見つからない。仕方のない事だと、無理矢理納得して貰うしか今はなかった。


「イヴァン、グリアムの言う事が正解。急いでも、いい結果になんないよ」


 珍しくヴィヴィが、静かな声色を響かせた。その声色は、熱を帯びたイヴァンの頭を冷やして行く。


「それに止まれと言っているわけじゃない。B級を目指すなら、まずは一緒に目指すメンバーを探せ。今、やるべき事、出来る事をするんだ」

「はい」


 渋々とようやくの納得をイヴァンは見せた。目指す云々は別にしても、メンバー探しは必須項目。ずっとふたりだけというわけには行かない。


「ねえ、グリアムの友達でだれかいないの? 調教師フルーラみたいに強い人がいいよね」

「いや、あいつみたいなのは、本当に勘弁だ。そもそも、友達なんていやしない」

「うわぁ~、いい大人なのに友達のひとりもいないなんて引くわぁ~」

「う、うっさいな。いいだろう別に」


 ヴィヴィのやつ、口ばっかり達者になりやがって。


「でも、実際どうすればいいのですか? もちろん僕もこっちに知り合いなどいませんし、伝手なんてまったく無いですよ」

「ギルドで募集を掛けるってのが一般的だが⋯⋯どうかな⋯⋯」

「どうかな、とは?」

「まぁ、【忌み子】のシェルパが帯同するパーティーに入りたいと思う奇特なやつがいるとは思えん。隠したところでいずれはバレるしな」

「う~ん、でも、そこは譲れませんね。とりあえず、募集を掛けてみます。ミアさんにも相談してみますよ」

「ま、そいつが賢明だな」


 やるべき事に目星がついて、イヴァンもようやく冷静になった。


「ねえねえ、次はどうするの? 人が見つかるまで待つ?」

「出来れば、潜りたいよね。グリアムさんどうですか?」


 ふたりの視線が一気にこちらへ向いた。ちょっとした圧を感じる。


「そうだな⋯⋯とりあえず10階を目指すのがいいんじゃないか。10階からトラップが現れる。そいつに慣れておいた方がいいだろ。分かっているとは思うが、今までより難易度はグッと上がるぞ」

「ヴィヴィのC級は狙わないのですか?」

「そう焦るな。まだD級に上がったばかりだ。9、10階辺りでも骨のあるモンスターが現れる。そこで経験を積んでからだな。それに下層、深層を狙うのなら、やはりメンバーを増やすべきだ」

「やっぱりそこに辿り着くのですね」

「まあな。ふたりじゃどうにもならん」

「あれ?!」

「今度は何だヴィヴィ?」


 まったく関係の無い声を上げるヴィヴィに、グリアムは怪訝な顔を向けた。


「テール、大きくなったよね? いい仔だね、どんどん大きくなるんだよ」

「どんどんって、限度はあるぞ。でも、確かに⋯⋯」

「大きくなっていますね」


 グリアムとイヴァンもあらためてテールを覗き込む。少し前まで子犬サイズだったのものが、今はちょっとした小型犬くらいになっていた。


 順調に育っているのはいいが、この調子だと、どこまでデカくなるんだ? 連れて行った時にフルーラに聞いてみるか。

 

 頭を撫でるヴィヴィに、気持ち良さそうに体を預けるテール。そのあどけない姿は可愛らしいが、テールが何なのか分からない漠然とした不安はつきまとった。


 このサイズだと小さな荷物くらい運べるか? 次の潜行ダイブの時までに何か考えるか。って、何でこんなにひとりで考えなきゃならんのか⋯⋯。オレは、ただの案内人シェルパなんだけどな⋯⋯なんでこんなに大勢を面倒見なくちゃならんのか。

 

 グリアムは目の前の光景に、深い溜め息と共に肩を落とした。


■□■□


 断末魔を上げ朽ちるゴブリン。その頭を貫いた矢をヴィヴィは抜き取った。

 階が進むごとに緊張は自然に増して行き、ふたりの表情からは集中しているのが伝わって来る。


「こっちだ。下りるぞ」


 下へと繋がる回廊を進む。ごつごつと剝き出しの壁が、人の手が入っていない事を告げていた。次はいよいよ9階。難易度は一気に上がる。


「いいか。9階から一気に難易度が上がる。気を抜くなよ」

「どう難しくなるの?」

「そうかヴィヴィは⋯⋯まぁ、初めてみたいなものか。モンスターは弱いが群れで襲ってくる。こいつが意外に厄介なんだ。弱くとも群れると面倒臭え。さっきのゴブリンも単体だったが、あれが3~10程度の群れになって襲って来るんだ。それと厄介なのが、中型のモンスター。小型と違って、力が強い。非力なヴィヴィはなるべく近づくな」

「分かった」


 ヴィヴィは緊張しているのか、強張った表情で、グリアムの言葉を神妙に聞いた。


「それとここからはヴィヴィの魔法も解禁する。危ないと思ったらすぐにうたえ。いいな」

「うん」

「ただ、使い過ぎには注意しろ。むやみやたらに詠えば、大事な時に使えんからな」

「分かった」

「イヴァンも詠う時は、ヴィヴィとのバランスを考えてしっかりと連携を取れよ。無駄撃ちはするな」

「はい」

「よし。そんじゃ、9階だ。行くか」


 土壁にも似た壁。壁の色合いは少しばかり赤味を帯びていた。そこに足を踏み入れた瞬間、今までとは違う空気を感じる。それは暗くなった洞内のせいなのか、イヴァンとヴィヴィに強張りが生まれた。

 自然に表情は引き締まり、足の運びにも少しばかりの慎重さを見せる。


「そこまでビビるな。トラップは無いんだ、モンスターにだけ気を配れ」

『『『シャアアッツ』』』


 言ったそばから飛び出して来たホブゴブリンの群れ。その唐突のエンカウントにヴィヴィの体は思わず硬直してしまう。


「いやぁー! ちょっと多過ぎない!?」

「ヴィヴィ、落ち着け。群れているとは言え小物だ、一匹ずつ落ち着いて倒せばいい」

「うひぃー」


 突然現れた5匹ほどのホブゴブリンに、ヴィヴィの心は乱れまくる。


「行きます!」

「ヴィヴィ、イヴァンのフォローだ」

「ぅ⋯⋯ひゃぃ」


 何だ? その返事。思わず笑いそうになるが、本人は真剣そのものなので笑ったら可哀想だよな。


「はっ!」


 イヴァンの剣が、次々にホブゴブリンを斬り裂いた。その光景にヴィヴィも落ち着きを取戻し、向かって来るホブゴブリンの眉間目掛けて矢を放つ。

 始まってしまえば、何て事のない相手。片は簡単についてしまう。横たわるホブゴブリンから売れそうなドロップ品を、グリアムはまさぐり、テールの小さなサドルバッグへ詰め込んだ。


「ふぅ」

「落ち着いたか」

「うん。何とか」

「よし。行くぞ」


 次に向かおうと、パーティーは顔を上げる。


「ご、ごめんー! た、助けてー!」


 長身の黒髪眼鏡女が、こちらに猛ダッシュして来た。

 

 は?

 

 女の後ろには大量のモンスター。


「マジか!? 怪物行進パレードかよ」

「え? 何です?」


 イヴァンの困惑など気にしている余裕はなかった。グリアムの背筋にイヤな汗が流れ落ち、パニックを起こしかけた頭で現状の把握に努める。


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