その遭遇は予期できない Ⅸ
「おほぅ~」
「うはぁ~」
「ねえねえ、あれあれ」
「うわぁ~」
⋯⋯ぬぐぐぐぐ⋯⋯うるせえ⋯⋯。
「少し落ち着け!」
街の景色に興奮し、まったく落ち着く気配のないヴィヴィに、グリアムは声を上げる。見る物すべてが珍しいのは分かるが、目立つのは芳しくない。
テールは抱くヴィヴィは、初めて見る街の景色に鼻息荒く目を奪われていた。
「あれ何? ちょっと、見てくる!」
「行くな! おい、イヴァン! こいつをちゃんと見ていろ!」
「あ、はい。ヴィヴィ、あとにしようか」
突貫娘宜しく、気になる物を見つける度に、次々に突っ込んで行こうとするヴィヴィの首根っ子を掴む事数回。すぐそこの
はぁ~。
何この疲労感。
中心街から少し離れれば、人の気配は一気に減る。店は減り、ほぼ住宅しかない一角に、その店は看板を掲げていた。
【ルバラテイム】
街外れにある、しがない
「よお、フルーラ」
だれもいない小さな受付から声を掛けると、のそりと大柄の女性が奥から現れた。
フルーラ・ルバラ。
いかにもハーフドワーフらしい、巨躯と肉感的な体。少し日に焼けた黒い肌が、職人の雰囲気を醸し出す。腰まで伸びる黒髪を雑にひとつに結び、袴にも似た、だぼつく作業ズボンは土埃で汚れていた。
鋭さを見せる黒い瞳はこちらを睨み、固く結んだ厚めの唇も警戒を見せる。
「あんたか。随分と久しいじゃないか、どういった風の吹き回しだい?」
「どうもこうも、
「あんたが?」
少し枯れた声が明らかな警戒を見せる。イヴァンとヴィヴィは、そのやり取りを黙って見つめていた。何とも言えない緊迫した空気は、ふたりの口を重くする。フルーラの懐疑的な鋭い視線は、後ろに控えるふたりにも向いた。
「あ、いや、オレじゃない。ほら、ヴィヴィ」
「う、うん」
「おまえの娘か?」
「馬鹿言うな。このふたりは、オレが仕事を請け負っているパーティーだ」
「へぇ~、パーティーね。で、登録したい仔ってのは、どこにいるんだい?」
「ここだよ」
ヴィヴィが懐に抱えていたテールを、テーブルの上にそっと置いた。
「よしよし」
愛でるヴィヴィの姿に、フルーラの眼差しは険しくなる一方だった。
やはり、
「で、この仔はどこにいたんだい?」
「テールはねえ⋯⋯」
あ、マズイ。あいつ絶対余計な事を言うぞ。
グリアムは急いで、ヴィヴィの口を塞いだ。
「オレが話そう。まぁ、こいつはその辺で、たまたま偶然? ってな、感じだ」
「その辺? たまたま偶然? 私は、どこで、どうやってと聞いたんだ。見た所、生まれてすぐだよな。この仔の親は?」
「どうやって? んな事おまえ、聞いてねえだろうが。親はそうだな⋯⋯いなかった⋯⋯みたいな⋯⋯」
「私がお母さんになる!」
「ああ、そうだな。ヴィヴィ、おまえが母親になってやれ。これで万事解決だ」
ガタっと椅子を蹴飛ばし、フルーラの巨躯が身を乗り出して来た。迫力満点の睨みと共に、疑心の深まる様を深めていく。
「へぇ~。じゃ、この仔は何だ? 犬か? 狼か? しかも金眼じゃねえか、どうなっている?!」
グリアムはその圧に屈し、そっと視線を外す。
相変わらずのド迫力、背筋が凍るぞ。
「犬のような狼みたいな⋯⋯やつ?」
「それをこっちが聞いているんだよ! おまえはさっきからこっちの質問に対して何ひとつ答えねえな!」
「そ、そうかなぁ⋯⋯アハ⋯⋯ハハ⋯⋯」
怖え。
こいつ怒ると本当に怖えんだよ。とはいえ、頼れるのは、こいつしかいねえし⋯⋯頑張れ、オレ。
「ねえねえ、テール連れて歩けないの?」
「ああ⋯⋯こいつが登録してくれたら連れて行ける。だろう? フルーラ」
「フルーラ、お願い。一緒に歩けるようにして」
ヴィヴィのウルウルと潤む瞳に見つめられ、今度はフルーラが視線を外した。大きな溜め息を吐き出し、渋い表情をヴィヴィに向ける。
「なぁ、お嬢ちゃん。この仔は何だ?」
「テール」
「いや、そう言う事じゃなくてだな、犬か狼か? それとも未知の
フルーラの問い掛けに、ヴィヴィは首を傾げて見せる。
「うん? 何言っているの、テールはテールじゃない?」
「いや、だからな⋯⋯」
フルーラを手玉に取るなんざ、なかなかやるじゃないか。ヴィヴィ、その調子で押し切れ。
言い淀むフルーラの眼前をテールが、ぴょんと奥へと跳ねた。
「おい! こら!」
積まれていた牧草に一目散に向かうと、パクパクと牧草に食いついた。
え? 牧草? 犬って草食うんだっけ??
「え?」
「はぁ?」
「ぬ?」
「お腹空いたのかな?」
ヴィヴィのリアクションだけおかしくないか?
ヴィヴィを除く面々は、その光景に呆気に取られていた。
牧草を食べる犬? 雑食だから食べるのか? いや、そもそも生まれたてだ、固形物を食べる行為自体がおかしくないのか?
「なぁ、フルーラ。犬とか狼って牧草食うのか?」
「え? あぁ⋯⋯はぁ? どうなってんだ?」
グリアム達以上にフルーラの混乱が激しい。
動物を知っていればいるほど、でたらめな事なのか。牧草で育てられるなら、安くあがっていいな。なんて、呑気に構えている場合じゃねえよな。
「フルーラ、おい、フルーラ」
「な、なんだ」
「登録を頼むよ。登録しておかないと後々不便だろ?」
「なぁ、本当にこいつは何だ? こんなの、見た事も聞いた事もないぞ。一からちゃんと話せ。何も分からないんじゃ、力になりたくとも、出来んだろう」
「いやぁ、まぁな。と言うか、本当にオレ達もこいつが何なのか分からないんだ。ここに連れて来たら、もしかして分かるかなって淡い期待をしたんだが⋯⋯。こいつはヴィヴィが抱えていた卵から生まれた。それしか分からん。ヴィヴィも、こいつが何なのか分かっていない。ただただ、大事に抱えていただけだ」
「卵! はぁ~??」
フルーラは頭をバリバリと掻きむしり、このでたらめな状況を何とか把握しようとしていた。だが、理解の範疇をとうに超えている現状に、首を何度も横に振る。一心不乱に草を食べているテールを見つめ、フルーラはまた大きく息を吐き出した。
「まったく、どうしたものかね。卵から生まれた時点で、哺乳類では無いって事だ。爬虫類? 両生類? でも、草を好む。分からん」
「なぁ、頼むよ。登録手続きをしてくれよ。こっちは正直にちゃんと話したぞ」
フルーラはしばらく逡巡の素振りを見せ、諦めたように頷いて見せた。
「今の所、人に害する感じはない。だが、どこまで大きくなるのか、どう育つのか、まったく予測がつかん。安全かどうか、定期的に連れて来い。それが条件だ」
「そいつは願ったり叶ったりだ。オレ達だけでは手に負えんからな」
「とりあえず、雑種犬として登録しよう。雑種なら、盗賊団に狙われる事はあるまい」
「分かった。それで頼む」
「主はおまえか?」
「いや、ヴィヴィで頼む」
「分かった。ちょっと待っていろ」
そこからは流れるように作業が進んだ。登録済みの証である紺碧のピアスを耳に付け、ナンバリング、そして証明書にサインをした。フルーラが証明書をギルドに届ければ、登録は終了する。
「乳と草、両方与えて様子を見ろ。少なくとも、今日の様子から肉は食わんだろう。
「いいな、ヴィヴィ」
「おまえもだ」
ごっそり金も取られ、何だかげっそりと疲れた。
「ああやって、登録作業するのですね」
「オレも初めてだよ」
「これでテールと一緒に歩けるの?」
「ああ。と言っても、まだテールが歩き回れん。もう少しデカくなるのを待て」
「そだね。もうちょっとしたら、一緒に歩こうっと。楽しみだな」
「はいはい」
この後は鍛冶屋か。ふたりの心許ない装備を何とかしないと。
二区画ほど離れた馴染みの鍛冶屋へ移動する。ヴィヴィもようやく落ち着きを取り戻した。
「おーい! ヤイク!」
「なんじゃ、ヌシか」
店先から声を掛ければ、すぐに壮年のドワーフが現れる。鎚を叩いていたのは、すぐに分かった。汗だくの上半身から湯気を立て、上気した赤ら顔でグリアムを見るなり顔をしかめた。
「おいおい、客だぜ。もう少し丁寧に対応しろよ」
「はんっ! ヌシの依頼は面倒な物ばかりで、好かん」
こっちが客だというのにこれだ。まったく、ドワーフってのは。
「そう言うなって。ほら、素材だ。これで、こいつらの装備を頼む」
「あん? ヌシのじゃないんか?」
受付に置いたレア素材の【リブラニウム】の
だが、今度は後ろに控えているイヴァンとヴィヴィをヤイクは怪訝な顔で覗いていた。口を閉じたまま、グリアムとふたりの間を行ったり来たりと首を振って、首を傾げる。
「何だよ、ヤイク」
「ヌシの娘か?」
「ちげえーよ!!」
まったく何でそうなるんだ! どいつもこいつも、まったく。
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