その遭遇は予期できない Ⅷ

 グリアムは、目の前に置かれた白濁のスープをひと口啜る。

 

 うまっ! 何これ?

 芋をスープに入れるなんてありえんと思ったが⋯⋯。

 

 ホクホクのフラ芋と野菜の旨味が絡まって、口の中で濃厚ながらもスッキリした味わいが広がる。しっかり味の染みた芋が、味気ないはずのスープの味をワンランク上げていた。


「おほぅ、美味しい! イヴァン美味しいよ、天才!」

「本当? 良かった。ウチの村でいつも食べていた料理なんだ。寒いから芋くらいしかまともに採れないし、クズ野菜も余すところなく使えるから、村でいつも作っていたんだよ」

「そうなんだぁ。こんなに美味しいの食べた事ないよ」

「それはちょっと大げさでしょう」

「そんな事ないよねぇ~、グリアムもそう思うでしょう?」

「え? あぁ、まぁ⋯⋯どうかな⋯⋯美味いは美味いな」


 イヴァンが、安くあがるからと作り始めた時は、どうなるかと思ったが⋯⋯。これは相当にありだな。というか、相当に美味い。


「良かった、喜んで貰えて」

「その、何だ⋯⋯村じゃ、いつも作っていたのか?」

「そうですね、よく作っていました。食べるお店も無いですし、料理上手な村の人に教えて貰いながら作っていましたよ」

「そ、そうか。その、あれだな⋯⋯また、作ってもいいんだぞ。ヴィヴィも喜ぶしな⋯⋯ん? どうだ?」

「村料理で良かったら、いつでも作りますよ。市場がしっかりしているので、材料に困らないのはいいですね」

「そうか。まぁ、頼んだぞ」

「はい! 承知しました」


 屈託の無い笑顔を見せるイヴァンが輝いて見える。


 イヴァンがいる限り、飯の心配をしなくていいのか⋯⋯。

 

 ふたりをどうやって追い出すかとばかり考えていたグリアムの胃袋を、イヴァンは早々に掴み、住居の安寧を得たのだった。


■□■□


「よう! ぁあ⋯⋯ミアラレン・ニームスさん!」


 胸元の名札に目を凝らしながら、優男がギルドの受付に身を乗り出す。


「ミアで結構ですよ。ギルドへようこそ、リオン・カークス様。大パーティー、【ライアークルーク(賢い嘘つき)】の代表をされている有名人が、こんな真っ昼間に何の御用でしょうか?」

「何だ、もう身バレか。ぁあ⋯⋯あんたが担当している潜行者ダイバーの事で、ちょっと教えて貰いたんだが、いいかな?」


 偽善者然とした笑みのリオンに、商業然とした微笑みビジネススマイルをミアは返した。


「お問い合わせの内容次第です」

「そうか。昨日、パーティーを作った若者がいたろう。そのパーティーのシェルパについて、教えて貰いたいんだが⋯⋯率直に言うとだ、やつは元潜行者ダイバーか?」


 少しの間のあと、ミアは真っ直ぐにリオンを見つめ笑顔を深めた。


「申し訳ありません。彼については詳しく存じ上げませんの。ただ、元潜行者ダイバーだというお話は出ませんでしたわ」


 リオンはミアの瞳を覗き、真偽について逡巡する。視線を逸らす事無く見つめるミアの瞳に、リオンは判断がつかず表情を曇らせた。


「なるほど、ありがとう。最後にひとつだけ。あの【忌み子】を優秀なのかい?」

「同行者の話を聞く限り、優秀な方のようです」

「そうか。時間を取らせて、悪かった。ありがとう」

「いえいえ、今後ともギルドをごひいきに宜しくお願い致します」


 ミアが深々とお辞儀すると、リオンは後ろ手に手を上げ去って行く。

 その後ろ姿を睨み、ミアは少しばかり悶々とした心持ちを覚えていた。


■□■□


 うまっ!

 

 遅い時間帯の朝食も、イヴァンが作っていた。ただのベーコンエッグサンドだが、食べた事の無い美味さに、一気に食べてしまった。


 この甘辛なソースのせいか?


「むほぅー美味しいー!! 天才!」


 満面の笑みでモグモグしているヴィヴィを横目に、今日の動きについてグリアムは頭の中で整理していく。

 

 テールを調教テイム済として登録をしねえとな。


「今日はどうするのですか? ダンジョンに潜ります?」

「いや、今日はそんな時間は無い。こいつを調教店テイムショップに連れて行って、連れて歩けるように登録する。ついでにこいつが何なのかも教えて貰おう」

「登録が必要なのですね」

「あぁ。盗む馬鹿がいるからな、予防も兼ねてしておかんと」

「なるほど」


 見た事の無い金眼の犬なんて、その筋に行けば高く売れるだろう。盗まれた時のヴィヴィの姿を想像すると、登録しておいた方が面倒にならないのは間違いなかった。


「食ったら、行くぞ」

「いよいよ、街だね。昨日行けなかったから、楽しみ~」

「遊びに行くんじゃねえからな、大人しくしていろよ」

「うんうん」


 何? この湧き起こる不安は。

 大きく頷くヴィヴィの姿に、何だかまた頭が痛くなって来た。

 大丈夫な気がまったくしねえ。


「ヴィヴィ、街を案内してあげるよ」

「本当!」

「だから、お前ら遊びに行くんじゃねえって言ってんだろ。まったく」

「まぁまぁ、グリアムさん、街を歩くだけじゃないですか」


 イヴァンの落ち着きにも、グリアムは不安しか無かった。

 

 オレ、ただのシェルパだよな。ここまでしなくても良くないか?

 

 顔を上げれば、高揚している二人の姿にグリアムは嘆息する。

 

 生活と心の平穏の為、今は我慢だ。

 

 グリアムはそう自分に言い聞かせ、無理矢理納得する事にした。

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