その遭遇は予期できない Ⅶ
「アザリア、戻ったよ。【忌み子】におかしなところは無かった。あ! あの若造が女の子とパーティーを作っていたよ」
「パーティー? 女の子と? ふたり? 三人じゃないの?」
「え? ふたりだよ。そもそもおっさんはシェルパじゃん。パーティーに入れないよ」
「そうだけど⋯⋯そっか⋯⋯」
アザリアはラウラの言葉に納得していないのか、曖昧な答えを返した。
郊外にある高級宅地の一画に、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の
「あと、そうだ。リオンに見られちゃった。誤魔化したけど、誤魔化しきれなかったかも」
「そう。存外あの男もキレるからね。何かちょっかい出して来たら、対処を考えようか。こっちから、わざわざ仕掛ける事でもないしね」
「アザリア、ゴメンよ」
「仕方ないよ。ラウラのせいじゃないって」
パーティーを作ったのに入らなかった⋯⋯か。本当に違うのかな?
でも、何か引っ掛かるんだよね。何だろう⋯⋯。
アザリアの心に浮かんだ疑念は、一向に晴れない。ただ、その疑念の根拠が自身でも分からなかった。アザリアの焦がれる伝説のパーティー【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】、そこにいたとされる【忌み子の
だがもし、彼が不参加ならば、現在唯一のS級となる。
「違うのかな⋯⋯」
アザリアの零れたひとり言に答える者は、いなかった。
■□■□
グリアムは見た事の無いその生き物に、ひたすら困惑を見せた。
「こ、こいつは何だ? 犬か?」
それは、毛布の上でプルプルと体を震わしている。その白銀毛の美しい子犬らしきものを、グリアムは覗き込んで言った。鼻を引くつかせながら、周りを窺う姿は犬に見える。だが、そこはかとなく流れる違和感を、グリアムは覚えずにはいられなかった。
『クゥーン、クゥーン⋯⋯』
弱々しく鳴くこの子犬らしきものを、ヴィヴィは優しく抱きかかえた。慈しみを湛える優しい瞳を子犬へ向けると、怯えを見せていた子犬の姿は消え失せ、ヴィヴィの腕に自身の体を預けていく。
「よしよし、大丈夫だよ。おっぱい飲むか?」
「お前、乳なんか出んだろうが!」
「やってみなくちゃ分からないよ」
「分かるわっ! イヴァン、山羊の乳がある湯煎しろ」
「は、はい」
背中は輝く白銀毛を見せ、お腹は真っ白。少し尖った耳は犬というより、狼を連想させる。額にある三本線の紋様だけが、黒毛を見せていた。
狼か?
だが、狼と言えるほど口は出ていない。少し丸みのある輪郭は、やはり犬に見えた。
「あ、目が開いて来たよ」
「は? 生まれたばかりだぞ? そんな馬鹿な⋯⋯」
ゆっくりと開く瞳は、驚く事に金眼だった。その小さな瞳はヴィヴィを真っ直ぐに見つめている。高貴な雰囲気さえ纏うその不可思議な金眼に、グリアムは首を傾げるだけだった。
金眼? 何だ、この生き物は?
狼みたいな金眼の犬? そもそも、金眼の犬なんているのか? いや、狼だって金眼のやつはいねえはず⋯⋯。
混乱に近い困惑が、グリアムの頭をクラクラさせる。
「温めました!」
「ヴィヴィ、この布を乳に浸して、こいつに吸わせろ」
「こ、こう? よしよし、いっぱい吸うんだよ」
クンクンと腕の中で香る、柔らかな乳の匂いを必死に探した。その姿に、ヴィヴィはそっと口元へとそれを持って行く。すると、匂いの元へと必死に吸い付く、元気な姿を見せた。
これで、ひとまずは大丈夫だよな。
イヴァンもほっと一息ついたのか、ヴィヴィの腕の中を覗き込む。
「かわいいね。ヴィヴィ、名前はどうするの?」
「名前か⋯⋯どうしようかな⋯⋯う~ん。あ! テール! テールにする」
「随分とあっさり決まったな」
グリアムの言葉に、ヴィヴィは意味ありげな笑みを見せると、テールの額を指して見せる。
「ここ見て。額の三本線。左右の下の部分が、外に跳ねているでしょう。これって、私達の言葉でテールっていう文字に見えるんだよ」
「ほんとだ、良く見ると外に跳ねているね。ヴィヴィ達の文字って僕達とは違うの?」
「今は同じぽい。大昔の文字だって教わった。使わないから結構忘れちゃうけどね」
「そうなんだ。あ! 買い物行くの忘れていました。僕、行って来ますね。人間のご飯も必要でしょう」
「確かに、腹減ったな。イヴァン、頼むぞ」
「ええ。行って来ますー」
お腹が満足したのか、テールはヴィヴィの腕の中でスヤスヤと寝息を立てている。
ヴィヴィも、覚えている事もあるのか。
あの場所を彷徨っていた理由は、今も思い出せないでいる。そこに繋がる事象もか?
住んでいたはずの、魔族の郷の事も思い出してはいない。って事は、魔族の郷自体が彷徨っていた理由と何かしらの繋がりがあるって事なのか⋯⋯。
ヴィヴィの言葉にグリアムは逡巡を深める。心の片隅に、すっきりしない心持ちが澱として溜まっていった。
ヴィヴィも
あんまり気乗りはせんが⋯⋯。
「君は、かわいいね」
「お前が育てろよ。オレは何もしねえからな」
「大丈夫、任せてよ」
何だろう、この泥船感。ヴィヴィの自信に比例して不安がこみ上げるんだけど。
この数日だけで、このバタバタ感。落ち着く日は来るのだろうか⋯⋯。
柔らかな笑みを浮かべ子犬を抱きかかえているヴィヴィの姿を、グリアムは見つめ、やれやれと頭を掻いた。本来ならば、穏やかな空気が漂ってもおかしくない雰囲気だが、グリアムの心は落ち着きからは遠く離れたところにあった。
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