その遭遇は予期できない Ⅴ

「おい、姉ちゃん、説明してやれや」


 受付のミアは仕方ないと溜め息をつくと、イヴァンへ優しく微笑んで見せた。


「あのね、イヴァンくん、残念だけどシェルパの方はパーティーには入れないの。パーティーの登録をするには、ふたり以上の潜行者ダイバーが必要なのよ」

「そういう事だ。残念だったな」


 これでイヴァンも、諦めるはず。


「ねえねえ、どうしたの? 終わった?」


 ヴィヴィが突然受付に割って入って来た。ミアはフードの奥から覗くヴィヴィの顔を、訝しげに見つめる。グリアムは気付かれぬように、そっとヴィヴィのフードを深く被せ直した。


「おまえは大人しくしていろ。もう終わるから」


 受付に身を乗り出すヴィヴィの姿に、イヴァンが逡巡する姿を見せる。

 

 何だかイヤな予感がするのは、きっと気のせいだよな。

 

 割って入って来たヴィヴィの姿と、イヴァンの一瞬の逡巡にグリアムの表情は苦さを増して行く。


「あ! そっか。ヴィヴィとふたりで組めばいいんだ!」

「組めばいいんだ! じゃねえ! ちょっと来い!」


 グリアムはイヴァンの首根っ子を捕まえ、受付から引き剥がした。


(あいつだって潜行者ダイバーじゃねえし、そもそも魔族だ。無理ばっか言うな)

(フード被って、登録すればいいだけの話じゃないですか。それに魔族と言うのなら、ダンジョンに帰すべきですよね? 一緒に潜って、記憶を取り戻せれば、家に帰す事が出来ますよ。一石二鳥じゃないですか)

(何馬鹿な事言ってんだ⋯⋯)

「ねえねえ、何をコソコソやっているの? 終わったの? 街行こうよ」

「んなっ! いきなり話し掛けるな」


 ぬっと唐突に割って入ってきたヴィヴィに、グリアムは驚きを隠せない。


「ねえ、ヴィヴィ。一緒にダンジョンに潜らない?」

「?? これから?」

「ううん、また今度」

「三人で?」

「そう。三人で」

「うん。いいよ」


 ヴィヴィはシシシとイヴァンに無邪気な笑顔を向ける。

 

 コラコラ、簡単に頷くな!


 グリアムは呆れ果て、怒りすら忘れてしまう。


「おい、勝手に話を進め⋯⋯」

「ちょっとグリアムさんは、静かにしていて下さい。ミアさん、彼女とパーティーを組みます。N級ノービスクラスの登録をお願い出来ますか? ヴィヴィを任せるって言ったのは、グリアムさんですよね?」

「ぐっ」


 イヴァンの勝ち誇った表情に、グリアムは何も言い返せなかった。

 

 こういう所ばっか、クルクル頭を回しやがって、最近の若い奴はまったくよう。


 顔をしかめるグリアムを余所に、受付の奥ではミアが粛々と準備を進めていた。


「それでは、ヴィヴィさん。ファーストネームを教えて頂けますか?」

「ふぁーと⋯⋯何?」


 登録証を前にした、ミアの柔らかな問い掛けにヴィヴィは首を傾げて見せた。

 

「あ! ローデンです。ヴィヴィ・ローデンです」

「イヴァン! てめぇ⋯⋯」


 それは、オレのファーストネームじゃねえか。勝手な事ほざきやがって。


「⋯⋯ローデン⋯⋯なるほど⋯⋯」


 ミアの呟きに気が付いたのはグリアムだけだった。


 一体何に納得したんだ? この受付⋯⋯。

 

 不敵にも見えるミアの口端に後ろから睨みを利かすも、ミアは何食わぬ顔でやり過ごして見せた。

 ミアは稀少なラニウム鋼で出来た銀色のタグを指でそっと撫でる。緑光に包まれたタグから、文字が浮き上がり、また吸い込まれて行った。ヴィヴィは驚愕の表情で、その様子をじっと見ている。ミアは文字の刻まれたタグを、スッとヴィヴィの前に差し出した。


「ヴィヴィ・ローデン様、承りました。こちらがN級の証になります。常に身に付けておき、失くさないで下さいね」

「え? くれるの?」

「はい、大事にして下さい」

「おお!」


 銀色に輝くタグを見つめ、ヴィヴィは感嘆の声を上げた。


「それでイヴァンくん、拠点はどこになるの?」

「今いる常宿はダメですか?」

「それはダメね。中央都市セラタ在住者が条件なのよ。あ! そうだ。グリアムさんの住所を借りれば? イヴァンくんが落ちついたら、あらためてそっちに移せばいいじゃない」

「なるほど。グリアムさんで、登録をお願いします」

「承ります」

「なるほど。承ります。じゃあねえよ、何でオレの住所を差し出さなきゃいけねんだ? おかしいだろうが」

「あ、イヴァンくん、こっちで住所は調べられるんで、大丈夫よ。きっとヴィヴィちゃんの住所もそこになるのでしょう?」

「はい!」


 何その良い返事。

 何で家主本人を置き去りにして、話がトントンと進んで行くんだよ。


 ミアの淀み無い業務の流れに、グリアムは抗うことすらままならない。ミアの流れるようなペン先が、次々に用紙を片づけて行った。


「あ、そうそう。拠点に嘘がないかギルドの方で調べる事があるので、ちゃんと拠点として機能させておいて下さいね。たまにいるのよ、適当な住所を言ったりして、拠点としてまったく機能していなかったりとか。悪質な場合は罰則規定もあるので、くれぐれも気を付けて下さい」


 ニッコリとミアが笑顔を向けた先は、イヴァンでは無く、グリアムだった。表情は穏やかだが、その笑顔の裏に凄味を感じさせる。その隠れた凄味に、グリアムの頬はひきつった。


「ミアさん。拠点として機能っていうと、具体的にはどうすればいいのですか?」

「そうね⋯⋯あ! イヴァンくんは宿住まいだったわね、ちょうど良い、ヴィヴィちゃんと一緒にグリアムさん家に住めばいいわ。それで問題無しよ」

「はい! ミアさんありがとうございました!」

「お、おまえら、なに勝手に盛り上がってんの? 分かってる? オレん家だよ」

「分かっていますよ。仕方ないじゃないですか、決まったのですから」

「はぁ?」

「それじゃミアさん、またよろしくお願いします!」

「イヴァンくん、またね」


 困惑しかないオレを余所に、なに爽やかな挨拶を交してんの。

 え? 何で? どうして?

 

 爽やかな笑顔のイヴァンが、ミアに振り返って手を振っている。

 ギルドをあとにするふたりの後ろで、グリアムは受付へと踵を返した。受付へと身を乗り出し、ミアの眼前へと迫る。


「あんた、相当年いってんな」

「女性にそんな物言いはダメですよ」

「食えねえな」

「フフ、永遠の24歳です」


 ミアは妖艶な笑みを浮かべ、グリアムに身を寄せた。


「これだからエルフは⋯⋯余計な事を漏らすなよ」

「あなたがイヴァンくんの面倒をしっかり見てくれれば、私の口は固いですよ」


 眉をひとつ動かし、含みのある笑みをグリアムに向けた。


「何であの若造にそこまで入れ込む?」

「だって、かわいいじゃないですか。スレた潜行者ダイバー達ばかり相手にしていると、あの純真さに心が洗われるのです。だから、グリアムさん、よろしくお願いしますね。彼の力になってくれる限り、私の口は固いですよ。ギルドは信用商売ですから」

「チッ! どの口がほざく」


 余裕たっぷりに笑みを浮かべるミアの姿に、グリアムは舌打ちする事しか出来ず悶々とした思いのまま、ふたりの後を追った。


■□■□


「あ? 何見ているんだ、ラウラ?」


 ギルドを覗いていた盗賊ヴォルーズが、突然の呼び掛けに鋭い反応を見せた。今にも飛び掛からんばかりに声の方へ振り返ると、見知った顔であるのと同時に、面倒な輩に見つかったと顔をしかめる。


「何だよ。いきなり声かけるなよ、リオン・カークス」

「【忌み子】と若造? 何だ? あいつらに何かあんのか?」


 ラウラの睨みにも怯むこと無く、ラウラの覗く先を肩越しに覗き込む長身の男。茶髪の短い髪を綺麗に撫で付け、筋の通った鼻と、少し垂れぎみのニヒルな目。その風貌は、ひと昔にはやった二枚目感に、胡散臭さを纏う。がっちりとした体躯はラウラより、頭ふたつほど大きく、優男と言った風貌にはそぐわない見事な体を見せていた。


「シッシッ! あっち行け。何でも無いよ。邪魔、邪魔」

「古い仲じゃないか、つれない事を言うなよ」


 飄々と微笑みを浮かべる胡散臭い男リオンに、ラウラは盛大に顔をしかめて見せた。

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