その遭遇は予期できない Ⅳ
疲れた体に、エールが沁み渡る。
「はぁ~」
帰って来たという安堵が一気に込み上がって来ると、緊張の解けたグリアムの体に、蓄積した疲労がズシっと圧し掛かった。
人もまばらな時間。店の隅で目立たぬように三人はテーブル囲む。ヴィヴィにとってはカップの中で弾ける泡でさえ珍しく、パチパチと弾けるエールの泡を物珍し気に覗き込んでいた。
「無事に帰って来られましたね。今回は、ありがとうございました。グリアムさんのおかげです」
「あんなのはもう二度とゴメンだ。そうだ、ほれ。今回の稼ぎだ、オレの分は抜いたぞ」
テーブルの上に小袋を置くと、イヴァンがそれをそっと覗き、目を丸くした。
「こ、こんなに!?」
「声がでけえ! 【ディグニティハニー】はレアアイテム、8~10万ルドラが相場だ」
「そうなのですね。あれ? でも、これ6万ルドラありますよ? 計算おかしくありませんか?」
「そりゃあ、おまえ、あんだけ苦労したんだ、ちょっと多めにギャラ貰ったって、いいじゃねえか」
「あ、いやいや、僕が多く貰い過ぎじゃないですか? 半々だと4、5万くらいですよね?」
「あのなぁ。どこの世界に
「何でですか?! 不公平じゃないですか! 一緒に潜って苦労したのですから、ちゃんと折半するべきですよ。特に今回なんて、グリアムさんがいなかったら、全滅していましたよ」
口泡を飛ばすイヴァンに、グリアムは呆れて見せた。
何と言うか、こういうお人好しの馬鹿は、この世界で生きていくのは難しいだろうな。常識を理解していないとなると、この先いろいろと苦労するに違いない。
「ねえねえ、これ食べていいの?」
ヴィヴィは乱暴に、皿へと手を伸ばす。
「あああ、馬鹿! それはこうやって皮を剥いて食うんだ」
「そうなの? ふわぁああー! 何これ! 凄く美味しい!!」
「ただの青豆だ。おまえはおまえで、少し落ち着け」
ああ、そうだった。こっちも常識が通用しないんだっけ。
稼ぎの折半を迫るイヴァンと、全ての物に好奇の目を向けるヴィヴィの姿に、グリアムは額に手を当て嘆息する。
ああ、もう何か一気に疲れた。
グリアムは背もたれに体を預け、エールを仰ぐ。
「ヴィヴィはどうするのですか?」
「はぁ? オレに聞くな。おまえが連れて来たんだ、おまえが何とかしろよ」
「何とかと言われても、僕の部屋は、狭い安宿ですから、ふたりは無理ですよー。それに若いお、お、お、女の子とふたりなんて⋯⋯」
顔を真っ赤にするイヴァンにグリアムは嘆息する。
「なに色気づいているんだ、狭くたって寝泊まり出来ればいいんだ、構いやしねえだろ。あとは好きにしろよ」
「む、む、無理ですよ!」
「んじゃ、おまえの村に連れて行けよ。魔族も普通に暮らしているんだろ? ちょうどいいじゃねえか」
「それは僕も考えました。ただ、お話した通り貧乏な村なので、身寄りの無い女の子が、ひとりで暮らしていけるものか⋯⋯。多少の援助は出来ると思いますけど、如何せん、みんなそこまで余裕のある暮らしが出来ているわけではないので、現実的に難しい気がします」
「知るか。おまえが何とかしろ。オレはもう関わりたくねえ」
「そんな言い方⋯⋯」
まったく。付き合っていられるか。厄介事になるのが、目に見えているのに、これ以上面倒な事に巻き込まれるのは御免だ。
「ねえねえ、さっきから何話しているの?」
「おまえは呑気だな。おまえをどうするか話しているってのに⋯⋯」
「どうする? 私は三人一緒なら何でもいいよ」
「はぁ? 何言ってやがる、ここでさようならだ」
「ヤダよ。グリアムとイヴァンは一緒。私も一緒」
「だから⋯⋯」
「グリアムもイヴァンと一緒がいいと思うよ」
「何でだよ」
「勘。そう思ったから」
フードの奥で、ヴィヴィは弾ける笑顔を見せた。
こいつらとの会話は本当に疲れる。付き合わされているこっちのことなんて、お構いなしか。
「話は終わりだ。オレは帰⋯⋯」
「あ! そうだ!」
突然立ち上がるイヴァンに、グリアムは盛大に怪訝な視線を向ける。
「今度は何だよ」
「パーティーを作りましょう」
「はぁ??」
「グリアムさんと僕で、パーティーを作るんです! いい考えでしょう?」
どうなったらそれがいい考えになるんだ?
もう疲労を通り越して、頭が痛くなって来たぞ。
■□■□
「おい! コラ! ヴィヴィ、勝手に触るな!」
「グリアム、これ何??」
「だから、触るなって言ってんだろう!」
「グリアムさん、僕の荷物はどこに置けばいいですか?」
「そこら辺に置いておけ! ⋯⋯あ、いや、ちょっと待て。その右の扉が物入れだ」
「ここですか」
「違う!! オレから見て右だ!」
よくある集合住宅の三階にある、そう広くもないグリアムの部屋。
そこにイヴァンとヴィヴィが転がり込んだ。そしていきなりの
ギルドの姉ちゃんめ、余計な事を言いやがって。言い出しっぺは、イヴァンの馬鹿野郎だが⋯⋯まったく、何て一日だ。
諦めたら更なる
■□■□
イヴァンを筆頭にして、店からギルドへと舞い戻る。並んでいる受付から、イヴァンは迷う事なくミアの元へと向かった。
「へぇ~、イヴァンくん、パーティー組みたいの?」
「はい。ミアさんどう思います?」
ギルドの受付で目を爛々と輝かしているイヴァンの後ろで、グリアムは面倒臭いと盛大に溜め息をついていた。
ヴィヴィは相変わらず外套の下で卵を抱え、物珍し気に受付を覗いている。
心配なのでついて来て欲しいとイヴァンに懇願され、グリアムは渋々とギルドへと舞い戻った。
何で一日に二回もギルドに行かなきゃならんのか、クソ面倒な。
ま、オレからより、信頼している姉ちゃんからの方が、話は早えよな。
「そうねぇ。
「いやぁ~」
後ろ手に頭を掻いて照れて見せるイヴァンに、グリアムはほとほと呆れて見せた。
褒めてねえっての、どこに照れる要素があるんだ。
ヴィヴィはヴィヴィで、キョロキョロから、もぞもぞへと変わり、首輪の取れた犬のごとく今にもどこかへ飛び出して行きそうだった。
まったく。こいつはこいつで、ジッとしてられねえし、二人そろってお守りが必要な年じゃねえだろう。
グリアムの溜め息はさらに深くなり、眉間の辺りをずっと押さえていた。
(コラ、ヴィヴィ。少し大人しくしていろ)
(つまんない、街見に行こうよ)
(もうちょっとだ、大人しくしていろ)
飽きるの早過ぎだ、少しはじっとしていろ。
フード越しのグリアムの言葉に、フードの奥でプクっと頬を膨れて見せた。
「で、イヴァンくん、メンバーはどうするの?」
「はい! とりあえず、僕とグリアムさんのふたりで⋯⋯」
「ちょーっと、待った! そいつは無理だぞ」
「え? どうしてですか?」
グリアムの言葉に、イヴァンは困惑を持って振り返る。
首を傾げたところで、無理なものは無理なんだよ。
グリアムはゆっくり間を持って、肩をすくめて見せた。
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