その出会いは唐突すぎて Ⅵ

「こいつを連れて行くのは、ここまでだ」

「どうしてですか!?」


 グリアムはイヴァンへと振り返り、冷ややかに言い切った。

 イヴァンは少女を抱えたまま驚きと共に、怒りの声を上げる。

 

 いくら声を上げたところで、無理なものは無理なのだ。


 グリアムは声を荒らげるイヴァンに臆することなく吐き捨てた。


「ほら、サッサと行くぞ」


 イヴァンはゆっくりと首を横に振る。腕の中の少女を見捨てる事など有り得ないと、その瞳は強く訴えた。

 

 まったく、困ったもんだ。


 グリアムは渋い表情のまま嘆息する。


■□


 15階、緩衝地帯オアシスの入り口を前にして、イヴァンは厳しい顔で立ちすくんでいた。

 目の前に広がるのは、少しばかりいびつな草原。地上では見る事の無い草葉が生い茂り、奇妙な葉をつける木々がパラパラと生えていた。

 

 ここは安全。運が良ければ奇特なヤツが拾ってくれる。


15階ここなら安全だ。16階を生き抜ける力を持っているんだ、なんとでもなるさ」

「助けてくれた人が、助けを求めているのですよ!? 助けてあげるべきです!」

「んじゃあ、おまえがなんとかしてやれや」

「⋯⋯そうですね。分かりました。街はどっちですか? あ! あそこですか。では、どうも、ありがとうございました」


 イヴァンは頭を下げると少女を抱え、街へとスタスタ歩き始めた。その背中にグリアムは舌打ちをする。

 

 素直に諦めると思ったが、こいつ意外に頑固だぞ。


「⋯⋯だぁっ! クソ!」


 あのまま街に連れて行くのは、最悪の選択だ。あいつは、あのむすめが何者か分かっていないのか?


「分かった、待て、待てって!」


 グリアムの言葉に足を止めるイヴァン。振り返る表情は厳しいままだった。


「イヴァン、その娘を連れて行けば、おまえは街に入れんぞ」

「どうしてですか?」

「そいつが【魔族】だからだ。その深い紫の髪に、赤眼、蒼白い肌、それが何よりの証だ。ダンジョンの嫌われ者、災いをもたらす略奪者。そう言われている奴を、連れて行けばどうなる? ⋯⋯おまえも、同じ目で見られるぞ」

「えー、何言っているんですか? 普通の女の子じゃないですか。ウチの村にもいましたよ、色白で紫髪の子。みんな普通の子でしたよ。それこそ、グリアムさんも同じ髪色に肌じゃないですか。グリアムさんは大丈夫なのに、どうして、この子はダメなのですか? この子と同じ血が流れているのでしょう? なぜ助けてあげようとしないのですか??」


 今、何て言った? 普通に暮らしている?? 

 グリアムの表情は豹変し、一気にまくし立てたイヴァンの言葉を巻き戻す。


「おまえ今、魔族が普通に暮らしているって言ったよな? どういう事だ?」

「どうもこうも無いですよ、ウチの村では普通に暮らしています。それよりどういう事ですか、災いがどうのこうのとか、本気でそんな事言っているのですか?」


 珍しくイヴァンが感情のままにまくし立てているが、グリアムの頭の中に言葉は入ってこない。茫然とイヴァンの言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 魔族が普通に暮らせる場所。

 あぁ⋯⋯隠れ里は本当にあったんだ。

 両親が必死に探していた魔族も住める村は存在した。お伽噺みたいなその話に、ふたりはすがっていたっけ。そうか⋯⋯魔族が安心して暮らせる村は実在したのか⋯⋯。しかし、なぜ見つけられなかった?


「なぁ、イヴァンの村ってどこにあるんだ?」

「僕の村ですか? 中央都市セラタから馬車で半月も掛からない所ですよ」

「は、半月??」


 隣村どころの話じゃない。そもそもそんな離れた場所に人が住んでいたのか。


 グリアムは驚愕の表情を隠せない。


「イヤイヤ、半月じゃないですって、半月弱です」

「変なところ、こだわるな」

 

 遠い。

 そりゃあ見つけられんわな。今までセラタ周辺で魔族が隠れていそうな森を、必死に探していた⋯⋯。そうか、だからイヴァンは最初から、【忌み子】のオレにも普通に接して来たのか。

 そうか⋯⋯実在したのか⋯⋯。


「どうしました?」


 イヴァンは訝し気に、独り考え込んでいるグリアムを覗き込む。


「いや、もっと早くにイヴァンの村を知りたかったなって⋯⋯。それより、ここは街が近い。とりあえずこの娘をオレの外套で包め。顔を隠すんだ」

「分かりました⋯⋯けど、どうしてか教えて貰っていないですよ」

「さっき言っただろ。魔族と呼んで、忌み嫌っていると。オレはハーフだ。縁起が悪いと避けられはするが、まぁ、なんとでもなる。だが、この娘は見つかると非常に面倒な事になるんだ。腑に落ちんかも知れんが、そういう事だと理解しろ」


 案の定、街に入れば冷ややかな視線が、グリアムの容姿に向く。そんな忌避の目には慣れっこではあるが、落ち着き先を探すには、この容姿は少しばかり不利だった。

 さて、どうしたものか。

 

 朽ちかけの看板は、何とか地面に落ちない程度に乱暴に打ち付けられ、窓ガラスは所々布があてられていた。

 そんなボロボロの店が並ぶ中心街。立派な店構えとはとても言えないが、必要最低限の物はここに揃っていた。ただし、値段の相場は3~5倍。手間賃などを考えれば致し方無いとは言え、なかなかのぼったくり感が漂う。

 ここで商売をすれば1年で3年分稼げるとも言われ、一攫千金のおこぼれに預かろうと店を構えたい人間は多かった。

 だが、商売を行うには、なかなか過酷な場所。この街にいる商売人は、元々、腕に覚えのある潜行者ダイバーだった者がほとんどで、大概、短期間のつもりで初めて、ここに居座ってしまう。その為、肉体的にも、精神的にもタフな人間ばかりが集まり、交渉事が難航するのは常だった。


(【忌み子】だぜ⋯⋯)

(こっちは、これから潜るんだぜ。来るなよな、縁起悪い)


 すれ違う人間のコソコソと心無い言葉が耳朶を掠める。周りに寄って来る人間などおらず、イヴァンは遠目から向けられる視線に怪訝な顔をして見せた。


「雰囲気悪いですね」

「オレがいるからな。あまり気にするな⋯⋯ここ行ってみるか」


 三階建てのボロボロの宿屋。ギィーっと扉がイヤな軋み音を鳴らすと、ギョロっと大きな目を受付から向ける宿屋の主人。小柄な体ながら、ひと癖もふた癖もありそうな視線は明らかにグリアムを拒絶していた。


「【忌み子】はお断りだ。他の客に迷惑だ」


 客なんていやしねえじゃねえか。

 グリアムはポケットからアイテムをひとつ取り出し、テーブルの上に置いた。そのアイテムに主人の顔色は一瞬緩みを見せる。

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