その出会いは唐突すぎて Ⅶ

「手持ちが無いんだ。これで何とかならねえか?」


 テーブルの上に置かれた、黄色と黒のマーブル模様の目玉ほどの小さな玉、【ディグニティハニー】。16階で襲って来た蜂の集団からくすねた戦利品で、需要の高いレアアイテムだった。

 最上級薬エリクサーの材料になるその小さな玉は、深層を狙う人間にとっては、どれだけあっても困らない代物だった。つまり、深層を狙う人間が集まるここでの需要はすこぶる高く、簡単に金へと変わる。


「⋯⋯ぁああ⋯⋯これね⋯⋯まぁ、寝泊まりするくらいなら、考えてやってもいいぞ」


 親父の目の色が変わる。頭の中で必死に算盤そろばんを弾いているに違いない。通常であれば、こいつひとつで、高級リゾートで豪遊しても釣りが出る。

 

 まぁ、今の状況で足元見られるのは覚悟の上だ。それじゃあ、これでどうだ。


 グリアムはテーブルの上にもうひとつ【ディグニティハニー】を置いて見せた。


「飯は三人分、通常の倍出せ。イヤなら他を当たる」


 主人の顔色はさらに変わった。【忌み子】を受け入れ金を手にするか、突っぱねて金を諦めるか。その天秤は揺れに揺れている。グリアムはその揺れる欲を見逃さず、さらに揺さぶりにかかった。


「そっか⋯⋯金が無いのに無理言って悪かったな。他を当たってみるわぁ」

「待て! ちょっと待った」


 【ディグニティハニー】を掴み取ろうとする主人の手より、グリアムの手の方が一瞬早かった。


「お、いいのか? 助かるよ。まずは、ひとつだ。もうひとつは、満足な飯が出て来たら帰り際に置いて行こう」

「話が違うんじゃねえのか? 【忌み子】」

「ちゃんと置いて行くさ。飯がちゃんと出ればな。先に渡して、ちょろまかされたら、たまらんからな」

「チッ!」


 不機嫌を隠さない主人から投げ渡された鍵を掴み取ると、三人はそそくさと二階へ上がって行った。

 ベッドと簡易なテーブル、そして穴だらけの小さなソファーしか無い汚い部屋。そんな事など構う事なく、グリアムとイヴァンは少女をベッドに寝かせると、穴の空いたソファーに体を投げ出し、大きく息を吐き出して行った。

 ベッドで意識を失っている少女の姿。傍らに抱く大きな卵を、決して放す事は無かった。


 こいつは何だ?

 

 軽くその殻を突っついてみると、柔らかな感触が指先から伝わる。柔らかいが潰れる事は無く、初めて触れる不思議な感覚だった。


「とりあえず落ち着きましたね」

「長居は出来んがな。とりあえず回復して、上を目指す」

「はい」

「⋯⋯ぅっうう⋯⋯ん⋯⋯」


 少女の瞼が小刻みに震える。ふたりは顔を見合せ、少女の顔を覗き込んだ。


「⋯⋯ぅ⋯⋯あれ⋯⋯ここ⋯⋯どこ?」

「ここは15階の宿屋だよ。きみ大丈夫?」

「15? あなた⋯⋯だれ?」

「僕はイヴァン。きみは?」

「⋯⋯ヴィヴィ」


 少女はまどろみから、ゆっくりと覚醒して行く。ルビーのように紅い瞳は、物珍し気に部屋を見渡していた。


■□■□


「噂になっているぜ。あんた達なんだろう、11階のバジリスクを退治したのって」


 宿屋の主人が、いやらしい笑みを浮かべ、その一団に媚びを売っていた。


「んまぁね、さすがに11階にバジは危ないからさ」


 赤毛の女は事も無げに言い放ち、ニコっと屈託の無い笑みを見せた。

 長い赤毛を大きなふたつ結びにした姿が、快活な性格を映し出している。後ろに控えるパーティーも、一筋縄ではいかぬ歴戦の猛者達だと、見れば直ぐに分かる。それほどのオーラを、その一団は醸し出していた。


「それでもう、片付いたのか?」

「もちろん! その為に私達が出たんだから。ついでに遠征費を稼いで帰ろうと思って、ここに寄らせて貰ったの。で、どう? 今、大丈夫?」

「⋯⋯ん⋯⋯まぁ、部屋は空いているよ。いつもの二階はあれだ、まぁ、近寄らなければ、三階は好きに使って貰って構わないよ」


 煮え切らない主人の物言いに、女の後ろに控えていた灰毛の狼人ウエアウルフが、怪訝な瞳を向けた。威圧的な視線を主人に向けると、その迫力にただでさえ、体の小さな主人はさらに小さくなってしまう。


「何だその煮え切らねえ態度は? 二階に何かあるのか?」

「いやいやいや、客が⋯⋯先客がいるだけだって」

「シン! 止めなよ。ただでさえ、あんた見た目が怖いんだからさ」


 赤毛の女の言葉に狼人ウエアウルフは、主人に怪訝な瞳を向けながらも、素直に後ろへと戻った。


「でもさ、アザリア。シンじゃないけど、何か怪しい物言いだったよね」

「ラウラまで、止めてよね。ほらほら、みんな三階で休むよ」


 【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】。

 赤髪のアザリア・マルテをリーダーとする、最下層に最も近いと噂される中央都市セラタの最大パーティー。

 Aクラスのアザリアを筆頭に、主要メンバーはA級とB級という手練れで構成されている。そのパーティーにはだれもが一目置き、羨望と嫉妬の眼差しを向けていた。

 

 金払いの良い上客の訪問に、主人も色目を使うが、気が掛かりなのは二階に居座る忌まわしきヤツらだ。

 

 バレねえようにしねえと。

 

 主人は頭の中で、算盤そろばんをパチパチと弾き、悟られぬようにと必死に取り繕う。

 ダンジョンに深く潜る人間ほど、些細な事に対して敏感だ。ダンジョンという過酷で、非常識な場所を生き抜く為に、縁起を担ぐ人間が多いのもまた仕方の無い事だった。


「へへ⋯⋯毎度どうも、ゆっくりとお休み下さい」


 三階に上がって行く手練れ達に頭を下げて、主人はようやくひと息つく。


「おい。二階に何がある? 何か隠しているな」

「ひゃあ!」


 主人が頭を上げるとそこには、剣呑な瞳を向ける青髪の美しいエルフがあった。安心しきった主人は、いきなりの事に動揺を隠し切れない。エルフの瞳は冷えて行き、主人を見下ろして行く。


「言え」

「い⋯⋯や⋯⋯あ⋯⋯の⋯⋯」


 気が付けば、上の階に上がって行ったはずのシンとラウラも、エルフの後ろから主人を冷ややかに見つめていた。


「に、に、二階に先客がいまして⋯⋯」

「それは聞いた。何をそんなに慌てる?」


 あからさまに挙動不審な主人に、猛者達の圧が容赦なく襲い掛かる。


「ねえ、みんな、どうしたの? ほら、早く部屋に行こう⋯⋯」


 アザリアは、ヤレヤレと主人に詰め寄る仲間へ声を掛けた。


「いや、あの、その⋯⋯実は二階に【忌み子】が、泊まっておりまして、皆様の目についてはいけないと思いまして⋯⋯その⋯⋯」


 一向に上がって来ないメンバー達に、戻ってきたアザリア。その耳に届いた主人の言葉に、一瞬で、アザリアは主人の眼前へと迫り、険しい表情で対峙する。


「ちょっと、その話。もう少し詳しく⋯⋯」


 受付へ身を乗り出すアザリアの勢いに、詰め寄っていた仲間達は後へと追いやられ、首を横に振りながら嘆息していた。

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