その出会いは唐突すぎて Ⅴ
「ガハッ!」
地面に激しく叩きつけられるグリアムが、二度三度と跳ね転がった。呼吸が一瞬止まる程の衝撃に顔をしかめ、苦悶の表情を見せる。
だが、大猪も奪われた視界に恐怖を覚え、混乱に拍車が掛かる。激しく身悶えする大猪の姿に、イヴァンの剣を握る手に力が籠った。
い、今? い、行くしかないよね!!
「ハァアアー!」
混乱している大猪にイヴァンは切っ先を向けた。
瞼に深々と突き刺さったグリアムの矢は暗闇へと誘い、混乱を呼ぶ。身悶え続ける大猪に、イヴァンの剣が襲いかかった。
大猪の額を突き破るイヴァンの刃。目を剥くイヴァンが、手の平を剣の柄に添えると、力の限り押し込んだ。
行け!
ズズっと額に深々と刺さる切っ先から、血が溢れ出す。大猪は瞳から血の涙を流し、生気は急速に消えて行く。
『『プフ⋯⋯プフ⋯⋯』』
大猪の口から咆哮にならない音が漏れて行く。口をパクパクと苦しそうに動かし、すぐに動かなくなった。ゆっくりと倒れて行く大猪の足元から、グリアムが転がり出る。イヴァンの飛び込みを見て、喉元へと潜り込んだグリアムのナイフも血で染まっていた。
ドサっと重い音を鳴らし、地面に横倒しになる大猪が動く事は無い。イヴァンは額から剣をゆっくりと抜取り、グリアムはナイフを軽く振り、刃に付いた大猪の血を振り払った。
冷めやらぬ興奮から、イヴァンの荒い呼吸が治まらない。激しく肩を上下させ、倒れている大猪を見て目を剥いていた。
マズイな。無駄に体力を使うのは、マズイんだよ。
グリアムはイヴァンの両肩に手を掛け、緑瞳を覗き込んだ。
「イヴァン、落ち着け。大丈夫だ。終わった」
「は⋯⋯はい」
「とりあえずここを離れるぞ。血のニオイで他のモンスターが寄って来るかも知らん」
「分かりました⋯⋯」
イヴァンは、グリアムの言葉に何度も深呼吸をして見せる。
落ち着けようと頑張ってはいるか⋯⋯で、ここは何階なんだ?
イヴァンの呼吸が整う間もなく、ヒタヒタと迫る圧にグリアムは前方へ目を凝らした。
クソ! ひと息入れる間もねえってか。
「逃げるぞ! こいつらに食いつかれたら終わりだ!」
可愛い見た目とは裏腹に、集団で乱暴に食い散らかす、悪食の
クソ! 速え! 群れになると面倒しかねえな。
「イヴァン! 離れるなよ!」
右へ左へと、グリアムは細かく曲がり続け、悪食の群れから逃れて行く。
だが逃れた先に待っている物に、グリアムは顔を盛大にしかめた。
腰ほどの青緑体が涎を垂らし、こちらを舐る。浮かび上がる淀みを見せる、黄ばんだいくつもの瞳が一斉にふたりへと向いた。その舐る瞳が、我先にと襲い掛かる。
意を決し、イヴァンが剣を抜く。落ち着きを取り戻したその切っ先が、舐る瞳へと向けられた。
「行きます!!」
コボルトの群れをイヴァンの剣が轟音と共に焼き払う。
こっちもかよ!
「シッ!!」
プカプカと浮かぶ
次々に襲い掛かってくるモンスター達に、ふたりの思考は停止した。際限の無いエンカウントにふたりの体からは血が滲み、体中から痛みが走る。必死の抗いに荒い呼吸が治まる事は無かった。
それでも足が動く限り、今は進むしかない。
【アイヴァンミストル】の淡い導きのまま足を動かし、グリアムは逡巡する。
大猪が単体で現れたって事は、群れで現れる18階よりは上って考えていいはずだ。
エンカウントしたモンスターを思い返し、記憶の引き出しから記憶を取り出して行く。
⋯⋯17か16階で間違いない。バジリスクが出現する26階よりだいぶ上だ、ツイていると考えよう。このまま、15階の
彷徨いながら遭遇する何回目かの分かれ道に、グリアムは既視感を覚えた。その足取りに迷いはなく、気の焦りは足に乗り移る。
こいつを左、次も左、そしてこいつを右に行けば⋯⋯あった。
上へと伸びる回廊の入り口が、ふたりの前でぽっかりと口を開ける。
グリアムはイヴァンへと振り返るも、その表情は少しばかり硬さを見せていた。
「ちょっと残念なお知らせだ。ここは17階、
「こ、こ、ここ、じゅ、17階ですか?!! それがちょっとなのですか?? この先もあんなモンスターが出現し続けるのですよね?」
「バジリスクは26階相当のA級モンスターだ。ここにそこまでのモンスターはいない。とは言え、厄介なヤツばかりだけどな」
「正直、怖いです⋯⋯。大丈夫でしょうか?」
「弱気になるな。ここから一個上がる。イレギュラーがなければ、モンスターのレベルはこの階と同じか少し下がる。行くぞ」
「はい⋯⋯」
互いにギリギリなのは分かっている。
回廊を上がり現れた16階への入り口へと、ふたりは静かに足を踏み入れる。
ここを越えれば
「大丈夫じゃないのは分かるが、もうひと足掻きだ」
「はい」
足を踏み入れた途端現れるのはコボルトの群れ。ゴブリンの上位互換とも言える厄介な群れに、グリアムがいち早く突っ込んで行った。
仲間を呼ばれるとキリが無い、瞬殺しねえと。
止まる事のない、グリアムのナイフが次々にコボルトに致命傷を与えて行く。イヴァンも続けと、剣を振り抜いて行った。
口から飛び出しそうなほど、心臓は脈打つ。次から次へと現れるモンスターに、刃を振り抜く力は徐々に奪われて行った。
「踏むな!」
グリアムがイヴァンの腕を引く。前から迫り来る黒い毛に覆われた
気の抜けない行軍は永遠とも思え、普段とは比べ物にならない程の体力と気力を簡単に削り取って行った。
「イヴァン、俯くな。顔を上げろ、そこを曲がれば上に行く回廊が⋯⋯見え⋯⋯て⋯⋯」
グリアムの記憶の通り、そこに回廊は見えた。
ただ、低い羽音を鳴らす
クソッタレが。
違う回廊を目指すか⋯⋯距離があり過ぎる。モンスターとエンカウントするのは、目に見えている。もう一度、同じ事を繰り返せるのか?
肩で息をしているイヴァンを見つめ、グリアムの表情は曇って行く。
通路の影から、蜂の群れと回廊の入り口を覗き打開策を模索する。
オレもイヴァンも、回り道をする体力も気力も残っていない。あのクソ蜂を何とか出来れば⋯⋯。
グリアムは、腰のポーチに触れ、ポーションと毒消しを確認する。
「イヴァン、オレが囮になって、ヤツらを喰いつかせる。全て喰いついたら、オレごと炎で焼き払え。いいな、最大火力で出し惜しみはするなよ」
「む、無理です! そんな事をしたら、グリアムさんも焼かれてしまいます!」
「ごちゃごちゃ言っている時間が惜しい。合図したらやれ!」
「え? えー?! ちょっとグリアムさん!」
フードを深々と被り直し、キラーホーネットの前へと躍り出た。カチカチと鳴らす顎が、獲物を見つけて喜んでいるのか、派手な音を響かせる。低い羽音は一気にグリアムへと向かい、グリアムもキラーホーネットの大群へと突っ込んで行った。
ぶつかり合う両者と思った瞬間、グリアムは床で丸まってしまう。群がるキラーホーネットが、丸まっているグリアムへ容赦なく群がった。
「グリアムさーん!!」
「イヴァン! やれ!」
「で、でも⋯⋯」
激しい躊躇を見せるイヴァンは口ごもる。
「早くしろ!!!」
「⋯⋯【
弱々しい少女の声が、グリアムへ届く。
え?! だれ? 何?
グリアムは背中に立ち上がる炎の感触に、羽音が消えるのを確認し、ゆっくりと立ち上がる。そこに立っていたのは、ボロボロの、外套とは言えない布きれを纏うひとりの少女だった。
肩までの紫髪に、ルビーを映したかのような赤い瞳。透き通る蒼白の肌は、一見すると不健康に見える。
右手をかざしているその美しい少女から放たれた業火は、群がる蜂を一掃していた。左手には大きな卵をしっかりと抱え、悲しみを映す大きな瞳はゆっくりと閉じられて行く。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫」
イヴァンの腕の中に倒れ込む少女。彼女の可憐な唇が微かに震える。
「タ⋯⋯スケ⋯⋯テ⋯⋯」
「大丈夫! しっかりして!」
腕の中で意識を失う少女の姿に、グリアムもイヴァンも困惑しか無かった。
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