その出会いは唐突すぎて Ⅲ

「イヴァン・クラウス様。D級へのクラスアップおめでとうございます。こちらが、D級のタグプレートになります。ドロップ品の売買や、クエスト受注の際、必要となりますので失くさぬよう気を付けてください」

「ミアさん! ありがとうございます!」


 イヴァンは受付の美しいエルフに屈託の無い笑みを見せた。

 潜行者ダイバーの証となる金属性のタグプレートを首から下げ、余程嬉しいのかプレートをずっと両手で愛でている。

 その姿を眺めていた受付のエルフが、グリアムに視線を移した。


「シェルパさん、ありがとうございます。どうにも彼は危なっかしくて⋯⋯こちらでシェルパさんを紹介するって言ったのですが、自分で探すと突っ撥ねられちゃって。経験豊富なシェルパさんがついてくれて良かったです、本当に」

「はぁ⋯⋯さいですか」


 エルフの柔らかな声色も、特段響くわけも無く。はしゃいでいるイヴァンの姿をグリアムは、ボーっと見つめるだけだった。

 

 さて、思ったより楽な仕事だったな、サッサと精算するか。


「おい、イヴァ⋯⋯」

「グリアムさん! ありがとうございました。これ今回のギャラです。いやぁ、グリアムさんの言った通り、6階に行って正解でした。こんなに稼げると思っていませんでした」

「そいつは何より⋯⋯」

「で、ですね。是非ともまた一緒に潜って頂けないでしょうか? 宜しくお願いします」


 ギルドの受付でシェルパに頭を盛大に下げる潜行者ダイバーの図。その有り得ない構図に、周りからの奇異の目が痛い。


「私からもお願いします」


 受付のエルフもニッコリと微笑んで見せた。


「分かった、分かったって。頭上げろ、目立って仕方ねえ」

「ありがとうございます」

「良かったね、イヴァンくん。私も安心だわ」


 オレは若干不安なんだがな。

 やれやれ。まぁ、ギャラはちゃんと払ってくれるし、いいか。

 次は11階、C級か。今回ほど甘くはねえが、こいつなら案外あっさり行っちまうかも知れん。ただ、しっかりと準備しねえとだな。


 浮かれているふたりの姿を見つめながら、グリアムはひとり気を引き締めていた。



■□■□


 陽光が届かぬダンジョンを淡く照らす【アイヴァンミストル】の白光が、潜行者ダイバー達の姿を浮かび上がらせる。このエネルギーを放出する鉱石が、街を支える資源として不可欠だった。

 夜の灯りとして、街を動かす熱源として、欠かす事の出来ない鉱石。

 潜行者ダイバー達はこの鉱石やモンスターのドロップ、ここでしか手に入らない素材を求め、我先にとダンジョンに潜って行く。命すら落とし兼ねない採取に一攫千金を夢見て、ダンジョンに飲み込まれて行った。

 効率的に稼げる唯一の手段。潜行者ダイバー達は、一攫千金を夢見て今日も潜る。死の恐怖を押し殺し、また一歩下層へと足を踏み入れて行く。


■□


「綺麗ですね」


 下層10階。

 ここから難易度は一気に上がる。ここを越えられない人間が、16階より始まる深層へと足を踏み入れる事は不可能だった。

 その試金石となる階層へと、ふたりは足を踏み入れた。

 天井から垣間見えていたキラキラと輝く鉱石群が、ここ10階からは岩壁にも散見し始める。

 手の届く所に出現し始めた【アイヴァンミストル】が、キラキラと欲望を刺激した。

 初めて触れるダンジョンの危うい美しさに、イヴァンは魅入られて行く。


「行くぞ。そんな物が珍しいのは今だけだ。気を抜くな、ここからが本チャンだ」

「はい」


 1~9階までは難なく通り過ぎた。相対するモンスターに苦戦する事も無く、足取りが鈍くなる事は無かった。

 グリアムの言葉にイヴァンの表情は一気に厳しいものとなり、言葉の意味を直ぐに理解する。


 11階でグールを倒し、【グールティース】を入手する。そしてギルドへと戻り、クラスアップで無事終了を予定していた。

 余計な事はしない。今回はその事だけに注視する。

 11階と繋がる静かな回廊を進む。淡く光る【アイヴァンミストル】の導きが、吉と出るのか凶と出るのか、知る者などいない。

 ただただ目の前の事に集中する、それだけ。

 グリアムは背負子を背負い直し、深層11階へと足を踏み入れた。


■□


トラップだ。そこを踏むな」

「はい」


 ふたりの行く手を阻むトラップが顔を出し始める。モンスターと共に人を喰らうダンジョンの本性が、露わになって行く。


『『『⋯⋯グゥゥゥウゥゥ』』』


 小さな呻きが耳に届く。死に行く者の最後の呻きにも似た、低い断末魔のごとき不快な唸り。それは幾重にも重なり、声の主が大群である事を告げた。


「近いぞ」

「はい」


 鼻をつく腐敗臭が漂い始める。ズルっと緩慢な圧を感じ始めた。視線の先に移る行く手を阻む、腐った死人グールの大群にイヴァンは剣に手を掛ける。その数の多さにふたりの緊張感は一気に上がるも、同時に、早い段階のエンカウントを歓迎した。

 イヴァンは剣を両手で握り直し、静かに詠う。

 剣を握るイヴァンの手から、炎が剣へとゆっくり伸びて行った。


「炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火イグニション】」

「へぇー、エンチャントを使えるのか。やるじゃねえか」

「そうですか。素直に褒められると照れますね」

「久々に見たよ」


 炎を纏う剣を握り締めるイヴァンの背に回る。

 

 まさか稀少な魔法剣士とはな。

 

 ダンジョンに潜っていても、そうそうお目に掛かる事の無い稀少な職業ジョブとの遭遇に、グリアムは素直に驚いて見せた。

 そしてそれはまた、遠い記憶を呼び起こす。

 屈託の無い笑顔で、みんなを引っ張っていた魔法剣士の姿。分け隔てなくだれとでも接し、そしてだれからも愛された。

 

“【忌み子】? 何それ? 行くよ”

 

 その声はもはや遠くで鳴っている。手を差し伸べる姿は朧気で、もはやシルエットしか思い出せない。


「行きます! ハァアアー!」


 イヴァンの咆哮に、グリアムの意識は我を取り戻した。

 炎の残像が作り出す炎の道。激しく振り続けるイヴァンの剣にグールの体は燻っていった。炎に巻かれ地面へ崩れ落ちて行く大量のグール。炎を纏ううねりが、ダンジョンに舞う。地面から立ち昇る幾筋もの細い煙が、朽ちたグールの数を教えてくれた。


「ふぅー」

「お疲れ。やるじゃないか」


 朽ち果てたグールの躯からお目当てのドロップ品をまさぐる。


「ありました!」

「こっちもだ。少し余分に持っておこう、それなりの金額で売れる」

「はい」


 手に入れた【グールティース】を背負子にしまい、笑みを見せ合った。

 

 あとは帰るだけだな。

 

 そこに気の緩みが無かったとは言わない。だが、そんな物は関係無いほどのプレッシャーが、すぐ側にいきなり出現する。それは予想すら出来ない、Sクラスのイレギュラー。


『『『グエッ! グエッ! グエッ!』』』


 喉を潰された蛙を想起させる、太く醜い哭き声。腹を震わすほどの低音が、ふたりに襲い掛かった。

 

 嘘だ。何で? どうしてこいつがいる?!

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