その出会いは唐突すぎて Ⅱ
「シッ!!」
青年の一振りがホブゴブリンの醜い緑体をふたつに割った。血飛沫を上げ、緑色の小さな体は割れたまま地面へと沈む。
「イヴァン、お見事」
シェルパはパチパチと軽く拍手して見せれば、幼さな顔の青年は満面の笑みを湛えて見せた。
「ありがとうございます、グリアムさん!」
ダンジョンで名を呼び合うなんて、いつ以来か。
忘れかけていた遠い記憶が、頭の片隅で燻った。朧気で鮮烈な記憶は消える事な燻り続ける。ぼんやりと浮かび上がる面影は、すぐに頭をすり抜けて行く。
ホブゴブリンの骨を大事にしまうイヴァンの姿を、気が付けば見つめていた。お目当ての物は簡単に手が入り、表情が緩んでいる。
地下6階。
現在
クラスアップすると、ギルドから次の階層に関する情報が開示される。そして受注出来るクエストのランクも上がり、ギルドへ売る事の出来るドロップ品の幅が広がって行く。
情報はギルドでなくとも自然と耳に入る。そこに関して言えば、然したる問題では無い。だが、ドロップ品の売買許可と、受注出来るクエストのランクが上がるのは、報酬アップの為には必須だった。
クラスアップに必要となるモンスターは、D級であればホブゴブリンか、ベイビートロールのドロップを持参すれば合格となる。
イヴァンはいとも簡単に倒して見せたが、素早いホブゴブリンも、力のあるベイビートロールも、初心者
簡単に倒しちまったな。
躊躇の無い一振りが、ホブゴブリンを真っ二に割った。初心者とは思えない太刀筋は、見事としか言いようがなく、グリアムの中で昨日の話が燻った。
11階まで勢いで潜ったって話も、これならあながち嘘ではないのか⋯⋯?
思い起こすのは、飲み屋でのやり取り。眉唾物だと思って聞いていた話も、この光景を見ると真実味が帯びて来る。
「本当に潜った⋯⋯まさかな」
「どうしました? グリアムさん、行きましょう!」
お目当ての物をゲットして、意気揚々のイヴァンの後を、背負子を背負い直し、ついて行った。
やっぱり、初心者だよな。
無邪気な後ろ姿を見つめながら、グリアムは昨日のやり取りを思い出していた。
■□
「す、すいません! シェルパさんと聞こえたのですが⋯⋯ダメでしょうか⋯⋯」
「なんだいきなり?! ダメって何がだ??」
「そ、その、一緒にダンジョンに潜って貰えませんか!?」
いきなり声を掛けられ、パスタを口に運ぶ手が止まった。青年は頭を勢い良く下げ、そのまま男の出方を窺い続けている。
こいつ、オレが【忌み子】って分かっていて声を掛けているのか? この紫髪を見て一緒に潜ろうなどと言うヤツは、頭がイカレているとしか思えん。
経験した事の無い、唐突の申出にグリアムには戸惑いしか無い。
「オレが? おまえと潜るのか?」
「はい! そうです!」
青年は腰を曲げたままキラキラとした瞳を向けていた。純真無垢なその緑瞳は、逆にシェルパの警戒心を煽る。
冷やかしか? にしては、本気っぽいが⋯⋯。
「ああ、いいぜ。構わない」
「ほ、本当ですか!」
「但し、ギャラは前金だ。いいな」
「ま、前金ですか!? ⋯⋯分かりました」
グリアムの言葉に、イヴァンはいきなり神妙な面持ちへと変わる。その姿にグリアムは、大きく嘆息して見せた。
そら見た事か、所詮冷やかしだ。
「そ、それで如何ほど払えばいいのでしょうか⋯⋯何分手持ちが少なくて⋯⋯お支払出来るかどうか⋯⋯それで、あの、もし足りない分に関しては、後払いにさせて頂けるとありがたいのですが、ダメでしょうか⋯⋯」
先程までの勢いは消えてしまい、イヴァンは俯き口ごもる。ここでは後払いが常識で、先払いなんて話は有り得ない。
それすら知らない
「おまえ
「はい。そうです」
「はぁ~。こんな飲み屋でシェルパを引っ掛けるんじゃなくて、ギルドの掲示板でちゃんとしたやつを探せ」
「そうなのですが、先程あなたはここの御主人とお話をしている時に、シェルパなら死ぬ事は無いと仰っていました。それは必ず地上に帰る自信があるとお見受けして、声を掛けさせて頂きました。僕も死ぬわけにはいかないので、生き延びる事に長けている方と潜りたいのです」
店の親父は一抜けたとばかりに視線を逸らし、イヴァンの視線をひとり浴びてしまう。
根負けとばかりにグリアムは、イヤイヤ首を縦に振って見せた。
「分かったよ。D級狙いって事は、5階か?」
「はい⋯⋯それで出来れば稼ぎたいのですが、何階がおすすめですか?」
「まったく、現金なヤツだな。で、最高到達階は3階か? 4階までは行けたのか?」
「あ⋯⋯はい⋯⋯その一応11⋯⋯階⋯⋯」
「うん? 11階? あ! 1階か?」
「あ、いえ⋯⋯11階です」
「はぁ?? N級の
「いやぁ、どうなのでしょうね⋯⋯早く稼ぎたかったので、こう、ちょいちょいと下りて行ったらいつの間にか11階でした。グールの大群を倒して、ドロップを手に入れたのですが、ギルドで買い取って貰えなくて⋯⋯」
「⋯⋯なっ! ⋯⋯【グールティース】か。まだ持っているのか?」
「何か、ギルドとのやり取りを見ていた
ああー馬鹿。持っていれば、D級に上がり次第、すぐにC級へ上がれたのに。つうか、やっぱ11階ってのは、見栄を張ったのか。
シェルパはまた大きく嘆息した。
1~5階 N級 (上層)
6~10階 D級 (下層)
11~15階 C級 (下層)
16~25階 B級 (深層)
26~30階 A級 (最深層)
31階~ S級
これがギルドの定めた到達階の
15階は緩衝地帯に該当するため、表記されていない。そこはダンジョン内にある唯一のオアシスで、15階をベースにして、深層、最深層へとアタックするのが常套だった。
ギルドの規則でC級のドロップを持っていても不正防止の為、N級では買い取って貰えない。つまり、飛び級でのクラスアップは出来ないシステムになっている。D級になった時点で、手に入れた【グールティース】をギルドに買い取って貰い、あっという間にC級へランクアップ出来た。
本当に持っていればの話だけどな。
「まぁいい。10階から出現する
「分かりました! 宜しくお願いします!」
満面の笑みで勢い良く頭を下げる姿に、グリアムは怪訝な表情を返す。
「あ、そうだ。僕はイヴァン・クラウスと言います。お名前を教えて頂いてもいいですか?」
「は? 名前? そんな物聞いてどうする??」
「え? 普通名前は聞くものじゃないですか??」
首を傾げる青年に困惑する。シェルパの名前など気にする
変なヤツ。
「グリアムだ。グリアム・ローデンだ」
「では、グリアムさん、明日宜しくお願いします!」
それだけ言ってイヴァンはまた勢い良く頭を下げて、店の外へと駆け出して行った。
グリアムはどんな反応が正しいのか分からず、ただただ混乱していた。
あんなやつは初めてだ⋯⋯いや、昔、変わり者ならひとりいたか。
「ハハハ、面白いヤツじゃないか」
「
店の親父が、イヴァンとのやり取りをニヤニヤと冷やかした。
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