その出会いは唐突すぎて Ⅱ

「シッ!!」


 青年の一振りがホブゴブリンの醜い緑体をふたつに割った。血飛沫を上げ、緑色の小さな体は割れたまま地面へと沈む。


「イヴァン、お見事」


 シェルパはパチパチと軽く拍手して見せれば、幼さな顔の青年は満面の笑みを湛えて見せた。


「ありがとうございます、グリアムさん!」


 ダンジョンで名を呼び合うなんて、いつ以来か。


 忘れかけていた遠い記憶が、頭の片隅で燻った。朧気で鮮烈な記憶は消える事な燻り続ける。ぼんやりと浮かび上がる面影は、すぐに頭をすり抜けて行く。

 ホブゴブリンの骨を大事にしまうイヴァンの姿を、気が付けば見つめていた。お目当ての物は簡単に手が入り、表情が緩んでいる。

 地下6階。

 現在ノービスクラスであるイヴァンが、次に目指すDクラスは、5~10階で手に入るギルド指定のドロップ品を届ければクラスアップとなる。

 クラスアップすると、ギルドから次の階層に関する情報が開示される。そして受注出来るクエストのランクも上がり、ギルドへ売る事の出来るドロップ品の幅が広がって行く。

 情報はギルドでなくとも自然と耳に入る。そこに関して言えば、然したる問題では無い。だが、ドロップ品の売買許可と、受注出来るクエストのランクが上がるのは、報酬アップの為には必須だった。

 クラスアップに必要となるモンスターは、D級であればホブゴブリンか、ベイビートロールのドロップを持参すれば合格となる。

 イヴァンはいとも簡単に倒して見せたが、素早いホブゴブリンも、力のあるベイビートロールも、初心者潜行者ダイバーにとって、最初の難関になる⋯⋯はずなのだが⋯⋯。

 

 簡単に倒しちまったな。


 躊躇の無い一振りが、ホブゴブリンを真っ二に割った。初心者とは思えない太刀筋は、見事としか言いようがなく、グリアムの中で昨日の話が燻った。


 11階まで勢いで潜ったって話も、これならあながち嘘ではないのか⋯⋯?


 思い起こすのは、飲み屋でのやり取り。眉唾物だと思って聞いていた話も、この光景を見ると真実味が帯びて来る。


「本当に潜った⋯⋯まさかな」

「どうしました? グリアムさん、行きましょう!」


 お目当ての物をゲットして、意気揚々のイヴァンの後を、背負子を背負い直し、ついて行った。

 

 やっぱり、初心者だよな。


 無邪気な後ろ姿を見つめながら、グリアムは昨日のやり取りを思い出していた。


■□


「す、すいません! シェルパさんと聞こえたのですが⋯⋯ダメでしょうか⋯⋯」

「なんだいきなり?! ダメって何がだ??」

「そ、その、一緒にダンジョンに潜って貰えませんか!?」


 いきなり声を掛けられ、パスタを口に運ぶ手が止まった。青年は頭を勢い良く下げ、そのまま男の出方を窺い続けている。

 

 こいつ、オレが【忌み子】って分かっていて声を掛けているのか? この紫髪を見て一緒に潜ろうなどと言うヤツは、頭がイカレているとしか思えん。

 

 経験した事の無い、唐突の申出にグリアムには戸惑いしか無い。


「オレが? おまえと潜るのか?」

「はい! そうです!」


 青年は腰を曲げたままキラキラとした瞳を向けていた。純真無垢なその緑瞳は、逆にシェルパの警戒心を煽る。

 

 冷やかしか? にしては、本気っぽいが⋯⋯。


「ああ、いいぜ。構わない」

「ほ、本当ですか!」

「但し、ギャラは前金だ。いいな」

「ま、前金ですか!? ⋯⋯分かりました」


 グリアムの言葉に、イヴァンはいきなり神妙な面持ちへと変わる。その姿にグリアムは、大きく嘆息して見せた。


 そら見た事か、所詮冷やかしだ。


「そ、それで如何ほど払えばいいのでしょうか⋯⋯何分手持ちが少なくて⋯⋯お支払出来るかどうか⋯⋯それで、あの、もし足りない分に関しては、後払いにさせて頂けるとありがたいのですが、ダメでしょうか⋯⋯」


 先程までの勢いは消えてしまい、イヴァンは俯き口ごもる。ここでは後払いが常識で、先払いなんて話は有り得ない。


 それすら知らない潜行者ダイバー⋯⋯って事は⋯⋯。


「おまえノービスか?」

「はい。そうです」

「はぁ~。こんな飲み屋でシェルパを引っ掛けるんじゃなくて、ギルドの掲示板でちゃんとしたやつを探せ」

「そうなのですが、先程あなたはここの御主人とお話をしている時に、シェルパなら死ぬ事は無いと仰っていました。それは必ず地上に帰る自信があるとお見受けして、声を掛けさせて頂きました。僕も死ぬわけにはいかないので、生き延びる事に長けている方と潜りたいのです」


 店の親父は一抜けたとばかりに視線を逸らし、イヴァンの視線をひとり浴びてしまう。

 根負けとばかりにグリアムは、イヤイヤ首を縦に振って見せた。


「分かったよ。D級狙いって事は、5階か?」

「はい⋯⋯それで出来れば稼ぎたいのですが、何階がおすすめですか?」

「まったく、現金なヤツだな。で、最高到達階は3階か? 4階までは行けたのか?」

「あ⋯⋯はい⋯⋯その一応11⋯⋯階⋯⋯」

「うん? 11階? あ! 1階か?」

「あ、いえ⋯⋯11階です」

「はぁ?? N級の単独ソロが、11階? おいおい、数え間違いにもほどがあるぞ」

「いやぁ、どうなのでしょうね⋯⋯早く稼ぎたかったので、こう、ちょいちょいと下りて行ったらいつの間にか11階でした。グールの大群を倒して、ドロップを手に入れたのですが、ギルドで買い取って貰えなくて⋯⋯」

「⋯⋯なっ! ⋯⋯【グールティース】か。まだ持っているのか?」

「何か、ギルドとのやり取りを見ていた潜行者ダイバーの方に買い取って貰いました」


 ああー馬鹿。持っていれば、D級に上がり次第、すぐにC級へ上がれたのに。つうか、やっぱ11階ってのは、見栄を張ったのか。

 

 シェルパはまた大きく嘆息した。


 1~5階   N級 (上層)

 6~10階  D級 (下層)

 11~15階 C級 (下層)

 16~25階 B級 (深層)

 26~30階 A級 (最深層)

 31階~   S級


 これがギルドの定めた到達階のクラス分け。

 15階は緩衝地帯に該当するため、表記されていない。そこはダンジョン内にある唯一のオアシスで、15階をベースにして、深層、最深層へとアタックするのが常套だった。

 

 ギルドの規則でC級のドロップを持っていても不正防止の為、N級では買い取って貰えない。つまり、飛び級でのクラスアップは出来ないシステムになっている。D級になった時点で、手に入れた【グールティース】をギルドに買い取って貰い、あっという間にC級へランクアップ出来た。


 本当に持っていればの話だけどな。


「まぁいい。10階から出現するトラップをかいくぐって、N級が単独ソロで11階とか⋯⋯お伽噺にしかならん。稼ぎたいんだったな、なら6階がいい。ギルドの掲示板に回復薬の材料になる【キューア草】の採取クエ(スト)が必ず張り出されている。そいつをこなしながら、ホブゴブリン狩りだ。それで、おまえの目的は果たせる」

「分かりました! 宜しくお願いします!」


 満面の笑みで勢い良く頭を下げる姿に、グリアムは怪訝な表情を返す。


「あ、そうだ。僕はイヴァン・クラウスと言います。お名前を教えて頂いてもいいですか?」

「は? 名前? そんな物聞いてどうする??」

「え? 普通名前は聞くものじゃないですか??」


 首を傾げる青年に困惑する。シェルパの名前など気にする潜行者ダイバーなど存在しない。パーティーのメンバーでは無いシェルパが、名前で呼ばれる事は無かった。シェルパとか蔑称を込めて、荷物持ちなどと呼ばれる事も多い。

 

 変なヤツ。


「グリアムだ。グリアム・ローデンだ」

「では、グリアムさん、明日宜しくお願いします!」


 それだけ言ってイヴァンはまた勢い良く頭を下げて、店の外へと駆け出して行った。

 グリアムはどんな反応が正しいのか分からず、ただただ混乱していた。


 あんなやつは初めてだ⋯⋯いや、昔、変わり者ならひとりいたか。


「ハハハ、面白いヤツじゃないか」

他人事ひとごとだと思って、気楽だな、おい」


 店の親父が、イヴァンとのやり取りをニヤニヤと冷やかした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る