その出会いは唐突すぎて
その出会いは唐突すぎて Ⅰ
「止まれ! この回廊は諦めろ。違う回廊を使うぞ」
フードを深く被る壮年の男が、後ろに続くパーティーへ向けて大きく腕を広げた。
目的であるダンジョンの地下11階へと下る回廊を目の前にして、足止めされたパーティーは不機嫌を隠さない。数歩進めば目的階へ行けるとなれば、殊更苛立つのも仕方の無い事。ただそれでもシェルパは背中の大きな荷物を背負い直し、その腕は下ろさなかった。
「おい! おっさん! 目の前じゃねえか、なんで止める?」
「なんで?
パッと見はただの土くれにしか見えなくもない。しかし、良く見なくとも床の色が、わずかに赤味を帯びている。その赤味は回廊の入り口へと長く伸び、パーティーの行く手を阻んでいた。
こんな分かり易いのが、分からないのか?
「シェルパごときが、偉そうに語ってんじぇねえぞ!」
「ああ?」
シェルパは深々と被るフードの奥から、鋭い視線で怒号を上げる男を睨んだ。
C
都合5名のパーティーを見渡し、C級と言っていた大柄な男に鋭い視線を向ける。その視線に大男は一瞬怯んで見えた。
「おい! あんたC級だろう、こいつに言ってやってくれ。あんたも
「⋯⋯ぁあ⋯⋯」
気の抜けた返事⋯⋯。
まさか! おこぼれかよ!? たまたまくっついて行ったパーティーで、運良くC級に上がったパターンか⋯⋯。
シェルパはフードの奥で深い溜め息を漏らし、気を取り直す。
「落ち着け。下に連れて行かないとは言ってはいない。この回廊は諦めて、違う回廊で行こうと言っているだけだ」
「こんなおっさんの言っている事なんかあてになるか! 大方、それっぽい事言って、手練れの雰囲気を出したいだけだ。見てみろよ、何もねえじゃねえか」
何をそんなに焦る? 余裕が無いにもほどがある。
前へ進もうと熱を帯びるD級
「おい! バカ! 止まれ!」
「うるせえ! 触るな!」
制止を振り切り一歩踏み出した男は、踏んではいけない床にあっさりと足を置く。
そしてそれは、何事も起きないとでも言いたげに
チッ! 大馬鹿野郎が。
パーティーは言葉を失い、眼前で起きた出来事に脳の回路がショートを起こしていた。
どいつもこいつも、息が止まりそうなほどビビっている。今回の
「シェ、シェ、シェルパ! 何とかしろ! ヤコブを⋯⋯ヤコブを⋯⋯」
大男が、仲間の消えた床を震える指で指差した。
追いかけた所で、死にに行くだけ。しかも、見ず知らずの馬鹿に命を懸けるなんて、絶対にゴメンだ。
さて、どうっすかな。何て言って諦めさせるかな。
硬直を起こしたパーティーをゆっくりと睨み、シェルパは逡巡する。バカな
「無理だ。諦めろ。深層、最深層に飛ばされるか、溶解の泉に落ちたかの二択だ。どう足掻こうとこの面子では、助けようがない。しかも、オレは止めた、止まれと何度も釘を刺した」
「何だとテメエ!」
大男がシェルパの胸ぐらを激しく掴み上げる。激しく揺らされた頭から、フードが零れ落ち、隠れていた顔が現れた。
チッ! ⋯⋯全く、ついてねえ。
「!! おまえ! 【忌み子】か!!」
「⋯⋯ッツ」
露わになるシェルパの容姿に、パーティーの表情が変わる。
薄茶色の髪と闇夜を映した濃い紫の髪が、真ん中で綺麗に分かれていた。少し長めの前髪から見え隠れする左の瞳は、血を映したかのような深紅を見せ、右の瞳は色素の薄いブラウン。高い鼻に切れ長の目、きつく閉じた薄い唇は均整の取れた
その姿に大男は吠え、シェルパは舌打ちし表情を硬くしていく。
硬直していたはずのパーティーが、その姿にざわつきを見せた。
最悪だ。パーティーのミスをこっちに押し付けて、逃げる気に違いない。こっちも商売、みすみす逃がすわけにはいかねえ、全くもって面倒になったな。
「だから何だ? 関係ねえだろ」
シェルパは無駄だと分かっていながらも、大男の言葉に抵抗を見せる。
「いや、あるね。おまえが不幸を呼び込んだ。【忌み子】のおまえがいたから、ダンジョンの怒りを買ったんだ! ヤコブが消えたのはおまえのせいだ!」
消えたのはソイツが馬鹿だからだ。
思った通りだな。とは言え、ここでやり合うのは時間の無駄だ、サッサと片付けるか。
想像内でしかない言葉に、シェルパはやれやれと肩をすくめた。
「今ギャラを渡せば、おまえ達を上に運んでやる」
「ふ、ふざけるな! おまえのせいで⋯⋯」
「ああ、そうかい。んじゃ、勝手にしろ。オレは降りる、後は仲間を追いかけて死ぬなり、地上を目指して死ぬなり、勝手にしな。あんたらが、ここで迷わずにいられるのならな」
その場に大きな荷物を乱暴に投げ置き、シェルパは踵を返す。その姿に大男達は慌てふためいた。
地下10階。ここは、人を喰う
「お、おい! 1割だ。無事に帰れたら全額払う」
「ダメだ。話にならん」
「3割! 3割払う! こっちもあんたが、ちゃんと案内する保証が必要だ」
良く出来ました。さすがにそこまでの馬鹿じゃなかったか。とは言え、こっちも商売だ、取れる物は取っておかねぇと。
「7割だ。イヤなら別に構わん、オレはひとりで上を目指す」
「ご、5割だ! これ以上はあんたを信用出来ない。あんただって、モンスターだらけのダンジョンでは護衛が必要なはずだ!」
「⋯⋯はいはい、分かったよ。まずは5割よこしな」
戦闘が出来る者は、
ダンジョンシェルパ=弱者という構図を頭に浮かべ、
ただそれに甘んじてしまうと、飯の食い上げだ。
「ほら」
「1⋯⋯2⋯⋯確かに。こっちだ」
シェルパは手渡された二万ルドラを乱暴にポケットに捻じ込んだ。
今日の稼ぎはこれぽっちか。無事に上に辿り着いても、こいつらはどうせ払わない。やる気オフだな。
支払わずに逃げなかっただけ、良しとするしかあるまい。
「ほら、こっちだ。そこ、また
シェルパは出来たばかりと思われる床の土くれを指差した。
全くついてない一日だ。
■□■□
ダンジョン内の静けさが嘘のように中央都市セラタは喧騒に包まれていた。ダンジョンから取れる素材や資源で潤うこの街に、一攫千金を狙う自称猛者達が肩で風切り歩いている。
まぁ、そんな奴らは所詮小物だけどな。
「グリアム、しけたツラしてどうした?」
「ギャラを渋られた。テメェらのせいで失敗しやがったのに、こっちのせいにしやがって⋯⋯親父、いつものやつ」
「あいよ。ま、そんな日もあらぁね」
狭い飲み屋のカウンターにポツリと腰を掛けていた。ここの
「ほれ、おまちどお。しかし、シェルパは辛いね」
「まぁ、その分死ぬ事はない⋯⋯それでいいさ」
ポメンの真っ赤なソースが絡むパスタが、湯気を立てながら目の前に置かれる。柔らかな酸味とピリっと少しだけ刺激的な味をエールで流し込んでいく。
一杯引っ掛けるにはまだ少し早い時間で、客足は鈍く店内は外の喧騒を余所に静かだった。
「あ、あのう⋯⋯シェルパさんなのですか?」
「あ? だったらなんだよ」
キラキラとした瞳で突然話しかけて来たクリクリ栗毛の青年に、フォークを持つ手が止まる。
ぱっちりとした深い緑色の瞳は、期待に溢れ、口元から嬉しさが零れ落ちていた。柔和な表情と少し丸顔のせいか幼さを残すその青年との出会いが、またダンジョンの深みへと足を踏み入れる事になるとは、この時は思ってもいなかった。
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