第8話 急襲
「今の話……特に勇者様の行方が分からないという話に関しては、出来ればそちらでも共有してください。じきに王都から触れが広まっていくとは思いますが……」
「良いのか? そんな話を勝手に広めて。結構な一大事だろう、それは」
「一大事だからこそです。勇者様が姿を消した辺りはムラクからも十分に近い。もしかしたらそちらに向かった可能性もある。民の間に無為な混乱が広がるかもしれませんが、それで目撃情報が少しでも出て来るのであれば……着きました」
アスリヤの話に傭兵達は少なからずの動揺を抱えつつ歩き、やがて兵士達の拠点となっているのだろう広場へと辿り着いた。地面には幾つかの天幕が張られ、荷物や武具を抱えた兵士達が行き交っている。
「ムラクから傭兵達が到着しました! 予定通り本日中、日が落ち始める前に出来る限りの魔物を掃討する為、攻めに転じます! 皆さんはそれを念頭に準備を進めてください!」
アスリヤの報告を受けた兵士達の視線と安堵のような息遣いを感じる。かなり切羽詰まった状況だったらしい。
「皆さんは休息と各々の準備を。しばらくしたらまた集合をかけますので」
「時間が来たら俺に言ってくれや。そっちの方が手間取らせねえし、俺がケツ叩いた方がコイツらもキビキビ動く」
「分かりました、ではそうさせて貰いますが……んんっ、出来ればそういう下品な物言いは控えていただきたいです」
「ああ、はいはい」
アスリヤとランドの話が終わり、各自解散というような雰囲気になる。一早く腰を下ろすのに適した場所を探し始めた傭兵と同じく、俺も動き出そうとして……足が止まる。
「俺に何か」
つかつかと俺の前に歩いて来たアスリヤは、細めた目で舐めるように俺を観察する。
「大柄でがっしりとした体形……身長は私よりも丁度頭二つ分ほど大きい……報告にあった人相と合致しています」
「お、一目惚れでもしたかい? お堅い反応するかと思ったら案外手出しが速いんだな!」
「ちっ、違います!」
ヤジを飛ばして来たランドに対し煽りに弱そうな反応をした後、再びアスリヤは俺を難しそうな顔で睨んだ。
「貴方、お名前は?」
「……カイナだ」
「荷物が少ないようですが」
「俺はいつもこうだ」
「では、先程の話に覚えは?」
「無い。ただのしがない傭兵が勇者を襲うなんて馬鹿な真似、するか」
早速の追求に若干の焦りを感じつつも、それを隠し俺はぶっきらぼうに対応する。それを聞いたアスリヤはすぐにバツが悪そうな顔になった。
「そう、ですよね。すみません不躾に。今は少しでも勇者様に繋がる情報が欲しくて」
「気にしていない。俺はただ、依頼の通りに仕事をこなすだけだ」
「傭兵らしい方なんですね。……今日は貴方のような人が必要になる日です。民の為、どうか持てる力を存分に発揮してください」
一礼するような仕草の後、アスリヤは広場の方へと歩いて行った。
「最初は色々と面食らったが、良い女じゃねえか。なあ?」
いつの間にか横に来ていたランドが馴れ馴れしく話しかけてくる。コイツとは何度か依頼を共にしたことがあった。
「ま、俺の趣味からは外れてるけどな。お前はどうだ?」
「知らん」
「相変わらず不愛想だな。そういや最近、レリアちゃんとは会ってんのか? アイツぁ、男の間をふらふらしてるようで意外と──」
「休ませろ。話したいならこれが終わった後にでも話せ」
「はっ、それもそうだな。……カイナ」
別れ際、ランドは無精髭をニヤリと歪ませ、俺の胸を手の甲で小突いた。
「今日は久々にお前の戦いぶりを見れそうだ。楽しみにしてるぜ。多分、俺以外のヤツもな」
☆
「おいおい正気かあ?」
「至って正気です。貴方達傭兵には私達が魔物の掃討を行っている間、町の防衛に就いて貰います」
傭兵と兵士。俺達の到着から若干の間を開けた後、天幕の無い開けた場所に俺を合わせて六十人ほどが集合し、長であるアスリヤを前にしている。
「元々、私達がこの騒ぎに苦戦していたのは防衛と攻撃の両立が戦力的に難しかったからです。あちらの魔物は数こそあれどほとんどが小粒。こちらから一気に攻めに転じれば、正面からぶつかり合っても何とかなるだけの戦力はある。しかしそれをすればここの守りは皆無、もしくは手薄になってしまう。万が一にでもそこを突かれるのは避けたい」
「それで俺らを、ってこと」
「傭兵の皆さんに攻め込んで貰うことも考えていました。でもどちらにせよ私が前に出る以上、意思疎通が図り易く、手の内も把握している彼らと共に攻め込む方が遥かに戦いやすい」
「まあ……アンタがそう言うんなら良いけどよ。どっちがラクかっつー話をしたらどう考えても俺らの方だぜ? 大金払って用意した傭兵の使い方にしちゃ贅沢な話だ」
「構いません。……今回の依頼の報酬は、個々の活躍によって差が出るようなモノではありません。結果的に魔物と戦うことが無かった方にも報酬は出ます。それでも、この町の人々を守る為に、どうか尽力を」
アスリヤはそう言って躊躇なく頭を下げる。
どうやら、俺達は楽な方に割り振られるらしい。傭兵達の反応は喜んでるようなヤツと不服そうなヤツが半々ぐらい。不服そうなのは力を振るう機会が無くなりそうなのが原因か。
傭兵なんてやってるヤツの中には少なからず、命のやり取りや相手を害することに酔ってるヤツが居る。特に今回の依頼は指名依頼なだけあって全員がそれなりでかつギフト持ちだ。血の気が多いのも頷ける。
俺は楽に終わるならそれで良いが、力を振るえないことに落胆するヤツらの気持ちも分かる。特に、今は。
「それでは皆さん、行動を──」
「アスリヤ様、報告です! 魔物の大群が森を出てこちらに進行し始めました!」
「なっ!?」
「先陣が町の周辺に到達するまでそうはかかりません! 一刻も速く対応を!」
恐らく件の森を見張っていたのだろう兵士の報告。アスリヤの顔色が変わる。
「私達が戦力を補給したのを察知して先手を取って来た? これまでは統率の無いでたらめな攻撃を繰り返していただけなのに……!」
「理由を考えんのは後だろアスリヤさんよ! どうすんだ!」
「っ、先程伝えた通りに行きます! 貴方達は神殿を中心に防衛を!」
「先陣はもうそこまで来てんだろ! 戦力を全投入して少しでも戦線を押し上げた方が良いんじゃねえか! 押し込まれて本陣が丸ごとここまで来たら、もう防衛もクソもねえ乱戦だぞ!」
「しかしそれでは民の防衛が──」
アスリヤの対応のキレが悪い。年上の傭兵連中にも毅然としていた辺り肝が太いと思っていたが、ここでもそれを通す程の経験値はないようだった。
俺は、戦には明るくない。そもそも戦と呼べるほどの規模の戦いに参加した経験は数えるほどで、基本的にはただ使われる存在だからだ。
言われた通りに動く傭兵。それが一番楽で、何も考えずに済む。だからこの明確な指示が決定しない状態は気に入らない。
それに今は、同じ何も考えないにしても。
『私、絶対にカイくんを勇者にしてみせるから!!』
魔物の大群とやらに対し、あの時からずっと燻り続けている鬱憤のような何かを押し付けたいって気持ちが、どうしようもなく渦巻いている。
「カイナぁ!」
悶々とした感情のまま成り行きを見持っていると、突如としてランドが俺の名を呼びにじり寄って来た。
「とりあえずお前だけ先に行け。お前ならここの誰よりも速く行って場を荒らせるだろ。俺ぁ、知ってんだぞ」
「ちょ、何を勝手に……」
「アンタが自分らの兵士のことを把握してるように、俺だって傭兵共のことは色々と知ってんだよ。コイツをこの状況で遊ばせてるのが何よりも惜しい」
なんでランドがそんなことを言い始めたのかは分からない。俺の戦いぶりを見たいってのが本当なのか、戦況を考えてのことなのか。
「依頼が終わったら奢ってやるからよ。いっちょ張り切ってくれ」
俺の胸を小突き、ランドがにやりと笑う。
アスリヤが、ついでに兵士と傭兵共が俺に視線に向けている。コイツらが何を思ってんのかはそれこそどうでもいい。
……ただ、良い口実だと思った。
「分かった」
短く答え、俺はどこか浮かれるような気持ちで地面を蹴った。
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