第9話 それだけ

「待っ──」


 雇い主の声を横切り、俺はその場から踏み出す。地面、屋根、木。踏み台を変えつつ、魔物達が押し寄せているという場所へと向かう。


「……凄いな」


 僅かな起伏だけがある平原を横並びになって駆けて来る茶色い犬のような四足の魔物。その先にある森の隙間から続々と這い出てくる大小様々な人型の魔物。


 今見えてるだけで軽く百はいるだろう大群。あの規模の町一つ潰すには過剰な量だ。このまま行けば数分も経たず、今俺が立っている場所を通過し町まで押し寄せるだろう。



 俺は外套を脱ぎ捨て、軽く上半身をほぐし、穴から得物を取り出す。


 とはいえ、武器と言うには単純すぎるただの棒だ。俺より少し短い程度の長さで、俺の手に収まる程度の太さの、鋼の棒。その握り心地を確かめ、深く息を吸った後──俺はその場から踏み出した。


 始めに狙うのは当然先陣だ。横並び、その中で突出した個体へ真正面から得物を振るう。俺自身の加速と自身の速度を一挙に受け、その犬っころの顔面は砕け散った。


 そうして振り抜いた瞬間にはもう、俺は次の目標へと駆け出している。同じく現在地から見て最も突出しているヤツへ、今度は横っ腹から突きを放つ。すると面白いように吹き飛んでいった。


 後続は流石に俺を放置出来ないと思ったらしい。俺に向けて飛びかかって来た二匹を同時に薙ぎ払う。そいつらが居なくなり、更に後に控えていたのは黒い影。


 デカさも他のと比べて格段に大きい。どうやら二匹を囮に隙を突こうとしてるらしい。俺は薙ぎ払った勢いに逆らわず身体ごと回転させ、隙を突いたと思っているバカ犬の頭を上段から叩き潰す。


「はっ!」


 思わず笑いが漏れる。授かり、鍛えた力を振るい相手を叩き潰す。それもせせこましい奇襲じゃない。真正面からのぶつかり合いだ。


 ──頭の中からアイツのことが、あの夜の記憶が、どこかに飛び出て行くような気がした。


「おいおい、わざわざ引っこ抜いて来たのか!?」


 犬共を蹴散らした後、俺の下へやってきたのは一つ目の巨人だった。二階建ての家屋ぐらいはある。遠目から見た時に一番目立ってたヤツだ。


 そんな巨人が森から持ってきたのだろう一本の木を鷲掴みにし、緩慢な動きで横薙ぎに振るおうとするのを見て……武器を手放す。


 木肌が迫る中、俺はその場で仰向けに寝っ転がるように倒れ、足を曲げ手を後転する時のように地面に付けた。


 そして、俺の胸辺りの高さで振るわれた木が目の前を通り過ぎようとする僅かな一瞬に合わせ、全身を使い両足でその表面を蹴り上げる。薙ぎ払いの最中に横合いからの衝撃を受けた木は跳ね上がり、急な方向転換をしたように縦に浮く。俺はそれを見届けながらも武器を拾い、跳躍する。


 横に振るっていた筈の木が、自らの目の前へと弾かれている。その光景に驚いているのか、間抜けな顔を晒している巨人。俺はそれを見ながら弾かれた木に武器で追撃した。


 木はその衝撃を受け、持ち主の顔面へと勢い良く叩付けられる。バランスを崩した巨体が倒れる音には、肉と骨が潰れる音が混ざっていた。


「来いよ」


 肌で分かる。魔物共の注意が俺に向いているのが、俺の命を奪ろうと狙っているのが。俺はそれを可能な限り叩き伏せれば良い。


 ……それだけが良い。




 ☆




「……何なんですか、アレは」


 たった一人、魔物の大群の中に突撃し縦横無尽に暴れるその男を目にし、アスリヤは呆然としていた。


「すげえモンだろ。いつ見ても惚れ惚れする戦いぶりだ。マジになったアイツは」


 その横に立つランドはどこか得意げな表情でカイナを賞賛する。


「本気だとか本気じゃないだとか、そういう話じゃありません。あの力と動きは」


「【活力】系のギフトがあるだろ。一定時間身体能力を向上させる類のギフトだ。アイツのギフトもそれに近いが、最大の違いはそれがかかってるってことだ」


「!」


「元の鍛え上げた肉体にギフトで更に上乗せされた膂力と速度。ギフトを発動する際の隙も、使用制限も無え。そしてアイツは、そんな自分の能力に。当たり前だよな、常にああなんだから」


「……」


「そんなアイツにとってはアレが一番手に馴染む武器なんだとよ。折れず曲がらず刃こぼれも無い、自分の力がもろに伝わる。アイツ自身を良く表してると思わねえか? どこまでもシンプルで、文句の付けようがない。あれこそが強さだ……!」


 歓喜のような感情を滲ませるランドに、アスリヤは冷静さを保ちながらも一定の理解を示していた。あの姿には王都に集まった数々の実力者を知る自分でさえ、思わず魅せられるものがある、と。


「アスリヤ様、準備が整いました」


「……分かりました。ランドさん、お喋りは終わりです。配置に」


「分かったよ」


 報告に訪れた兵士の声を聞き、アスリヤは振り向く。一列に並んだ兵士と、その両端を挟むように傭兵達が並んでいる。


「見ての通り、彼が先行したお陰で大群の進行は遅れ、足並みも乱れている。──このまま、正面からぶつかります」


 その場に集結した戦力は、現状で用意出来る戦力の全てだった。


『……貴方の言い分は正しい。この局面、可能な限りの戦力を投入すべきです。──それでも最低限の守りは残します! ランドさん、室内での防衛に適した傭兵を二、三人そちらで見繕ってください! 当初の予定だった外周の守りは捨てて、神殿内部で敵に備えるように指示を!』


 町が戦場になれば民の防衛は厳しい。しかし前線を少しでも押し上げる為に全戦力を投入すればその間、町を守る者は居なくなり、不意の奇襲や逃れた魔物が向かった場合対処が出来ない。


 二つのリスク。遅れた初動の末に、その天秤とアスリヤは上手く折り合いを付けたとも、中途半端とも言えるような選択をした。


 しかし、今の彼女に反省も後悔も無い。重要なのは自らの判断の正否を問うことではない。民を守ること。


「ここで一匹も通さず、逃がさず、奇襲の動きも見逃さない! まとめて叩き潰す! それさえ出来れば何も憂うことはありません!」


 その為に己が前に立ち、民の盾として力を奮う。この場においてアスリヤの思考はそれだけだった。


 確実に数を減らし乱れつつもカイナの手が届かない、もしくは逃れ押し寄せる魔物達を目の前に、アスリヤは凛と声を上げ、皆を叱咤しながら両の掌を前に突き出し、叫ぶ。


「戦闘開始! ──【光壁】!!」

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