第7話 滑稽

 依頼があったのはエルシャ辺境にあるそこそこの規模の町だった。町の付近にある小さな湖とそれを囲む森に大量の魔物が居座っているらしい。


 この依頼が特殊なのは、その魔物に対し既にエルシャから討伐隊が派遣されているということ。しかしその討伐隊でが起きたことで、討伐隊の長は戦力の不足を懸念し補強を行う為距離的に近いムラクへ依頼を寄越した。


 ギルドは早急に要求に応えられる傭兵を用意し、俺を含めた二十四人が昼前にはムラクを出発、昼過ぎ頃には件の町へと辿り着いた。


「貴方達が依頼を受けた傭兵ですね」


 町の入口で俺達を出迎えたのは、神官が着ているようなローブを動きやすくする為に改造したような服の女だった。


 ここらじゃあまり見ない褐色の肌に銀の髪。左右に分けられた前髪のお陰で額と向こう気の強そうな目つきが良く見え、物珍しそうに視線を送る他の傭兵達を腕を組んで睨み返していた。


「これより貴方達には私、アスリヤの指揮に入って貰います」


「おい、アスリヤって……」


 一部の傭兵達がざわつき始める。それもそうだろう。


「知っている方も居るようですが、一応。──私は勇者様と共に魔王を倒すべく、選び抜かれた精鋭。すなわち勇者一行の一人。ですので、年齢外見性別等々であまり私を舐めないように」


 一行に選ばれる。それはエルシャ全土の中でも有数の戦力であることと同義だ。程度の差はあれど腕っぷしに信頼を置くようなヤツが多い傭兵には効くだろう。口々に何事かを言い合う傭兵達の内、無精髭の男が前に出た。


「あー、アスリヤさんよ」


「貴方は?」


「ランドっちゅーモンだ。コイツらのまとめ役を任されてる。アンタの指揮に入るのは異論無いが、幾つか気になることがある」


「答えましょう。歩きながらで構いませんか?」


「ああ。おい、行くぞ!」


 アスリヤを先頭に、俺達は馬を引き町の中へと歩き始めた。町に兵士以外の人気は無く、民家からも生活音はしない。恐らく一カ所に避難させているのだろう。


 所々に即席で築いたのだろう防壁や戦闘の跡があり、既に町を舞台に何度か戦闘が起こっているようだ。


「まず、なんでアンタがここに? 勇者一行様なんだろう?」


「私達が魔王の元へ攻め込むのはまだ先の話です。故に、現在は散り散りになり王都軍の兵士と共にエルシャ国内の魔物の掃討に従事しています。魔王の戦いの前に実戦で経験が積めますし、何より民を脅かす魔物の数を少しでも減らすのは重要なことです」


「なるほど、色々とあるんだな。じゃあ次だ。その勇者一行の一人と、王都から出張って来た優秀な兵達。一見戦力としては十分そうだが、なんでウチに頼る? ギルドへの依頼も理由は二の次で出来るだけの戦力をさっさと送って来いって話だったそうじゃねえか。俺が聞いた分にはお偉いさんも不思議がってたぜ」


「……それは」


 アスリヤは言い淀むと同時に足を止め、俺達の方へと振り向いた。生真面目そうな顔立ちには隠しきれない不安が混じっている。


「本来、ここには居る筈だったんです。私と共に王都からこの魔物騒ぎを終息させに来た──勇者様が」






 ☆





 アスリヤの話はこうだった。本来であればこの騒ぎには自分と勇者、そしてそれなりの練度と数の兵士と共に万全に、むしろ過剰なほどの戦力で対処する筈だったと。


 しかし、勇者には眠りの勇者と呼ばれるように活動制限がある。だからアスリヤと大半の兵士だけが先行し町の防衛に着手、後から勇者が到着する手筈だった。問題が起こったのはそこからだ。


 勇者の乗っていた馬車が襲われ、報告の為に逃げたヤツ以外の護衛は全滅。報告を聞いて向かわせた兵士達からも音沙汰なく、日の出と同時に再度確認に向かわせた兵士が見たのは全滅した兵士達。


 そして肝心の勇者は姿を消していた。混乱の最中、ともかく町の防衛を果たすべくムラクへと助けを求め、今に至る。


 ……ああ、つまりそういうことだ。


『君に回すのに不足無い緊急性の高い依頼が入って来た。丁度良かったんだよ』


 白々しい。何が不思議がってた、だ。ギルドの連中はこの騒動と暗殺任務の関係に気づいているだろう。つまりこれは。


 俺をキッカケに巻き起こった混乱を、俺自身が尻拭いするってだけのバカみたいな話だ。

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