第6話 ムラク

「おい、おまえらなにしてんだ?」


 喉から出たのは幼い声だった。村の古い物置の裏。そこから聞こえてきた声を不審に思い、覗きに来た俺はその光景を見る。


「げっ、カイナじゃん」


「へ?」


「……」


 地面に蹲ってるヤツに対して、それを挟んで見下ろしているヤツが二人。呆れがため息として漏れ出る。


「コソコソしてんじゃねえぞコラ。オヤジにいいつけてやろうか」


「なにもやってねえよ! おい、いこうぜ」


「う、うん」


「おーどっかいけどっかいけ! しんぱいしなくてもオヤジにはなんもいわねえよ! はっはっは!」


 すぐさま散って行った二人を見送り、俺は蹲っているヤツへと近寄った。


「だいじょうぶか?」


「……うん」


「おまえ……たしかサフィだったよな。こんなとこでなにしてんだ?」


 村のガキ共の中でも特に目立たないヤツ。名前も忘れかけてたしそもそも喋ったことすらほぼない。それがサフィだった。


 サフィは前髪に隠れた目で俺をボンヤリと見た後、地面に目を向けた。


「むし」


「むし? ……ならんであるいてんな。それみてたのか?」


「うん」


 サフィが見ていたのは小さな虫が列を成して歩いてる様子だった。普段の俺なら気に留めない光景だったが、言われてみれば中々面白く見えた。


 その後、しばらく無言のまま、二人で虫の列を辿り始める。すると少し歩いた先で虫達が土の中に消えていくのを目撃した。


「ここにはいってくんだなー。……けっこうおもしろいじゃん! つぎ、おもしろそうなのみつけたらおれもよべよ!」


「……うん」


 そのうん、はそれまでサフィの言葉に比べて幾らか上擦っているように聞こえた。そして俺は漠然と思う。


 コイツは俺が守ってやらなきゃいけないヤツだって。


「カイくん」


 いきなり名前を、それもあだ名を呼ばれて驚く。そしてサフィはそれまでの乏しい表情からは想像もできないような笑顔を浮かべた。


 私、絶対にカイくんを勇者にしてみせるから!! 


「っ! ……クソッ」


 使い慣れたベッドの上で飛び起きた俺は、思わず悪態をつく。


 古びたテーブル、いつだかの貰いものである敷物、その上に転がり散らかっている皮袋や雑多な小物。


 自分の周囲が見慣れた自室の光景であることを確認してから、深く呼吸を取る。額の辺りが嫌な汗で湿っていた。


「忘れろ、考えるな。勇者は紛れもなくアイツだ。アイツがおかしくなっていようと……俺には何の関係も無い」


 ふとテーブルの上にある手鏡に視線を向ける。そこに映った俺の顔は酷いものだった。


 さっきまで見ていた夢をいち早く振り払うべく、俺は外に出る為の身支度を整え始めた。




 ☆




 大陸の中央に位置する大国エルシャ。その外周付近の山間部にムラクはある。ただ、その人口と国土はエルシャとは比べるにもおこがましい小国だ。中央の首都の周りに幾つかの村がぽつぽつとある程度。


 だがエルシャとの関係は良好であり、外にある他国との関係も悪くない。その理由の一端がここにある。


「それでよ、そん時向こう側でダズの野郎が──おっ、カイナじゃねえか!」


 首都の中央にある建物──ここの住人からはギルドと呼ばれる場所の扉を開けば、朝方らしい傭兵達の騒々しい喧噪と見慣れた光景が広がっている。


 脛に傷を持つ者や、荒くれ者が良く流れ着く場所らしい雰囲気に安心するような気持ちを抱きつつ、建物の右隣りにある酒場の方へと向かう。


「久々じゃねえか。何してたんだ?」


「適当な依頼をこなしてたよ」


「ああ、そういやお前と同じタイミングでここに来なくなったヤツが何人か居たな。そいつらとか?」


「知らないな。俺は一人だったよ」


「お前が居ない間にデニーのガキ、無事に生まれたぞ!」


「そりゃめでたいな。落ち着いたら誘って祝いにパーっとやるか」


「カイナちゃん! 今夜ワタシとデートしてっ!!!」


「断る」


 喋りかけて来るヤツをいなしつつ、俺は適当な酒場の席に座りつつ店員を呼んだ。


「久しぶりね」


「……レリアか」


 甘ったるいと感じるような声。それと実際に匂いとして伝わってくる微かな甘さ。俺の呼びかけに答えたのは店員の中でも馴染み深い女、レリアだった。


 俺が名前を呼ぶと朱い唇を笑みに変え、自然な仕草で肩に触れてくる。左肩から前に垂らすよう、一まとめにされたくすんだ金髪が俺の頬に微かに触れた。


「依頼にしては遅かったんじゃない? それにいつもは仕事終わりはウチに来るのに」


「色々あって深夜に帰って来た。それで疲れてたんだよ」


「ふぅーん。ね、帰って来たんだったらしばらくは休むんでしょ? 私、今夜は空いてるから……どう?」


「気分じゃない。他のヤツと飲め」


 囁くような仕草に対し、肩に乗せられた手を払うことで断りを入れる。


「ちぇっ」


「注文は水と適当な食事。仕事しろ、店員」


「はいはい」


 不満げな顔で厨房へ向かうレリアを見送ると、ガタリと横のテーブル席で物音がした。既に席に座っていた髭の男はどことなく見覚えがある。


 コイツはこの国の要人だ。そしてどうやら、俺に用があるらしい。


「君が受けたの事は、もう気にしなくていい」


「何の話だ」


「とぼける必要も無いよ。君の依頼人は既に私達が抑えた。そして、何も知らされなかった君を罰するつもりはない。……勇者の暗殺、とんでもない事を考えるよねえ」


 どうやらコイツがあらかたの事情を把握しているのは事実らしい。そして、その言葉の意味も。


「いくら魔物の増加で私らが得をしてるって言ってもさ、それがいつまでも解決しない、何なら世界が滅んじゃうのは不味いでしょ」


 勇者が魔王を倒せば魔物の増加は収まる。そうすれば俺達の仕事は減る。だからこの現状を変えたくないと、旨い汁に目が眩んだバカが依頼してきたということだろう。


「それでよりにもよって君に頼んじゃうんだから」


「……」


「参考までに聞いておきたい。にも繋がることだ。まさか、成功しちゃったとかじゃないよね?」


「護衛は何人か殺した。本命は……逃げた。後は知らん」


 もう隠す必要はない。が、全てを語るつもりはなかった。それにあの後アイツがどうなったのか、逃げだした俺には分からないのは事実だ。


 俺がそう答えると、髭の男はホッとしたように緊張を緩めた。


「成程、それなら良い。それさえ分かればもう私らの領分じゃない。護衛に顔を見られた覚えは?」


「無い。ギフトが絡んでる可能性を除けば」


「結構。なら頼めるよ。私らからの指名依頼」


 指名依頼。ギルドから流れて来る傭兵への依頼は基本、掲示板に張り出され受注者を待つ形式だ。


 だが指名依頼は名前の通りギルドから直接指名が入る。そしてその性質上、ギルドが積極的に音頭を取らざるを得ない難度の高い依頼であることが多い。


「────。……どうだい? 報酬は弾もう」


 依頼の内容はどうでもよかった。報酬は弾む、それだけでいい。その報酬で上手いメシを食う。そのことを考えてれば。


「引き受ける」


「良かった。じゃあこの後、他の人員と出発して貰うからそれまでここでゆっくりしておくといい。ああそれと万が一、依頼先で問題が起こったら誤魔化すなりしらを切るなりしてよ。必要なら私らの名前も出していいから」


 話が終わり、注文することなく髭の男は立ち上がる。だが一つ気になったことがあった。


「なあ」


「ん?」


「あれはギルドを通してない依頼だ。俺は怪しいのも承知でそれを受けた。それでまがりなりにも勇者に手を出そうとし、護衛に至っては殺してる。アンタらエルシャと仲良いだろ。そんなヤツを何のお咎めなし、しかもこんな依頼に回していいのか」


「君はウチにとって欠かせない傭兵だから。直接的な形で罰して君に嫌われるのはなるべく避けたい。でも何もしないというのも面子が……ってとこに、君に回すのに不足無い緊急性の高い依頼が入って来た。丁度良かったんだよ。こうして誠意ある対応をしてくれたしね。それに、私らの罰に不服な君が本気で抵抗したらと思うと……ぞっとするよ」


 素直に情報を吐いたこと、そして難度の高い依頼を即決で引き受けたこと。それが誠意らしい。


 髭の男はそれを最後に立ち去った。最後のは誉め言葉だったんだろうか。


 ──心底、どうでも良かった。

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