第5話 始まり

 俺の父親は村長だった。長いこと村を治めてきた血筋らしく、村での地位は特に高かった。


「お前は特別な存在だ。やがて人の上に立つ人間だ。それを自覚しなさい」


 繰り返しそう言い聞かされて育った俺は、見事に傲慢な人間になった。自分は特別で、他の人間は自分より下だって。


 それは父親が急死した後もそのままだった。年齢の問題で俺が村長になることは流石に出来ないとして、親戚の一人が村長になった後も。


 俺は特別だ、特別だと。そんな根拠の無い自信は、やがてギフトという贈り物で確信に変わり、勇者の出現を予期する神託で半ば俺の中で事実になった。


 特別。優れている。上に立つ。それが常に頭の中にあった、どうしようもないクソ野郎だ。


 ──村を出てから数年が経った後、俺は一度密かに村に戻ったことがある。


 村は活気に溢れていた。勇者の生まれ故郷だってことで旅人が増えているらしく、村長もそれを上手く捌き村を賑わせているらしい。


 久しぶりに帰った故郷に、当たり前だが俺の居場所は無かった。それを実感した俺は全てがどうでも良くなって、物事を深く考えず適当に生きるようになった。


 ……そうだな。やっぱり俺は、元からどうしようもないクソ野郎だ。


『お前もここに居る皆も、全員俺が守る!』


 それでも、特別として、上に立つ者として、皆を守る。


 その思いは多分、確かだったんだよな。





 ☆





「一体なんなんだ、貴様は」


 目の前で金髪の優男が喋っている。俺はそれを、縛られた状態で跪きながら聞いていた。


「これでは全滅も同然だ……いや、それよりもだ。答えろ、勇者様に何をした。勇者様はどこに居る」


 周囲には無数の手勢が転がっている。だが俺も少なくない傷を負い、最後にはコイツのギフトによって拘束されている。どうやら、ここに集まった中でもコイツは別格らしい。


 そうして口を噤んでいると、拘束が強まった。


「答えろ! さもなくば縛り殺す!」


「さあ、な」


「……そうか。ならば望み通りに殺してやろう。貴様は確かに強いが、勇者様をどうこう出来るとは思えん。貴様に聞かずとも勇者様は生きている。それは確かだ」


 拘束が更に強まる。どうやら本当に殺すらしい。


 ……これで終わりか、なんて。どこか解放されるような気持ちで痛みを受け入れる。その時だった。


「──何してるの?」


 聞いた事も無いような無機質な声が聞こえた。


「勇者様! やはりご無事でしたか!」


「何してるの?」


「はっ。勇者様へ仇なそうとした者を今まさに誅伐しております。ご安心下さい。御身の手を汚さずともこのまま私が──あ?」


「誰も頼んでないよね、そんなこと」


 何か重たいモノがぼとりと落ちる音がしたかと思うと、俺を拘束していた光の縄が消え去った。


「あっ、ここに来てる人ってギフト持ってるよね。ちょうど良いな」


 呆然とする俺を尻目に、その声の主──サフィは、拾った剣を手に俺が倒した兵達へと近づき、一人づつ身体へ突き刺していく。


 何が起こっているのか、まるで分からなかった。


「よし、これで良いかな。──カイくん!」


 一仕事を終えたようなサフィの満足げな顔が、兵達が落とした松明の火でクッキリと照らされていた。


「私ね! ずっと後悔してた! カイくんの邪魔をしたこと! 後悔して後悔して後悔して後悔して……決めたの! 全部を正しい道に戻すって!」


 ──俺はずっと、サフィの様子がおかしいことには気づいていた。気づいた上で、殺す分には好都合だと考えようとしなかった。


「でもね! その前にカイくんに会っておきたかったの! 会いたいって【未来】がこんなふうになるなんて思わなかったけど、それでカイくんが私を殺すんだったらそれは仕方が無いって思ってた! カイくんが本当にそうしたいなら、それでも良いよねって! ──でもカイくんはしなかったよね!」


 何かが致命的にズレている、どころじゃない。サフィの目には俺しか映っていないように見えた。そしての目は曇ってなんかなくて、どこまでも晴れやかだった。


「だから私、やってみる! 私とカイくんの理想の世界を実現する為に! 今日でいっぱい元気を貰ったから、それだけで頑張れるよ!」


 訳が分からなくて、ただ得体の知れない恐怖があって、まるで誰かに責められてるような気がして、俺はまた逃げ出した。


「またねカイくん! ──私、絶対にカイくんを勇者にしてみせるから!!」





 ☆





 終わったと思っていた。関係ないと思っていた。勇者と魔王、俺がその話に関わることなんてないと思っていた。


 ──これは、勇者になったアイツと、なれなかった俺の。


 どうしよう無く、歯車の狂ってしまった話だ。

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