第十四話 悪霊の妄念


 目の前に現れたアンデッド。見かけた瞬間は分からなかったが、今ならわかる。こいつがこの襲撃の元凶だと。何せ街中で見たモンスターとはまた異質の強さを感じることもそうだが、こいつは───


「何ダ…? 戦ワヌノカ……。恐怖ニ染マッタノナラバ致シ方ナシカ……」


 ───言葉を話している。


 知性を獲得したモンスター。その存在には先ほど聞いた覚えがあった。


『『エリアボス』あたりが知性をつけて攻めてきてるんだろうってことくらいしか情報はねぇ!』


 街の外周で会った者から聞いた言葉。これがもし正しいならば、こいつは『エリアボス』だ。リンカのいないこの瞬間に一人で立ち向かって、勝てるかどうかはわからない。それでも見逃すわけにはいかない。この襲撃を終わらせるために。


フラエル・ワイズ Lv:137


HP 4785/4785

MP 37546/37546


 《鑑定》で見たステータスからは膨大な魔力が確認でき、こいつが魔法に特化していることが分かる。ならば近接戦は不得手なタイプだろうと考え、速攻を仕掛ける。


 《身体強化》を発動させ、相手の間合いにまで飛び込みその首を斬ろうとした瞬間───



「イデヨ……。我ガ僕タチヨ…」


 ──影から大量のモンスターが現れた。



「っ!? くそっ! モンスターの召喚までできるのか!」


 影から現れたのはゴブリンやオークといった者達から、蝶などの昆虫を模したモンスター。彼らの目は虚ろな光を映すだけであり、明らかに正気ではない。


(従えているっていうよりは洗脳してるっていう方がしっくりくる感じだな。けど種族が全く違うのに統率が取れている。周りのモンスターを倒さないとあのアンデッドに近づけないが、呼び出せるモンスターがこれだけとは限らないし時間をかければそれだけ不利になっちまうかもしれない)


 周囲のモンスターから浴びせられる攻撃を回避し、時には受けながら耐えていく。だが敵の数が多く、さばききれなかった攻撃をまともに受けてしまう。


「ぐっ…、…っげほ! げほ!」


 先ほどまでいた路地裏から表の通りまで吹き飛ばされ、その隙を見計らったようにモンスターは攻めてくる。


(せめてリンカがいればこの状況を打破できるんだが……、やっぱりあいつがいないと俺はダメだな。どれだけ支えられていたのかよくわかる。…だがそれは諦める理由にはならない。リンカがいなくともあいつに勝たなければならないんだ。)


 相棒のいない状況を嘆きながらも、カイの目は死んでいない。むしろ負けるわけにはいかないとより一層燃え上っている。


(モンスターの集団を潜り抜けて特攻をするしかないか…? その前に俺の体力が力尽きるかもしれないが、あのアンデッドを仕留めるにはそれしかないか…)


 たとえ刺し違えてでも勝ってみせるという決意を固めて駆け出そうとした時、



「カイっ!! 大丈夫!?」



 誰よりも頼りにしている彼女の声が届いた。


「リンカ! 来てくれたか! 無事に送り届けられたか?」

「うん、ちゃんとお母さんにも合わせられたよ! それよりこのモンスターの集団はどういうこと? 奥に何だか禍々しいやつもいるけど…」

「多分あいつがこの襲撃の元凶だ。言葉を話していたし、あいつの影からモンスターが湧いてきたから間違いない。あの数に対処できなくて困ってたんだが、リンカが来てくれれば大丈夫だ」


 さっきまでの相打ちの覚悟は既にない。リンカが共に戦ってくれているのなら、俺たちが負けることはないと信じているからだ。


「あいつの場所まで行きたかったんだが、モンスターが邪魔して行けなかったんだ。《円回閃》で吹き飛ばした後の攻撃を任せてもいいか?」

「任せて! さっさとあいつを倒して終わらせよう!」


 作戦を話し終えた二人は行動を開始する。カイがモンスターの群れに突っ込んでいくがその動きには一切の迷いはない。


(やっぱりリンカがいると安心感が違うな。俺ができないことはリンカが補ってくれる。それだけのことがこんなにも落ち着きを与えてくれる。…よし、終わらせに行くぞ!)


 周囲のモンスターが一斉に攻撃をしてくるが、それは既に経験している。「小鬼の洞穴」で編み出した戦法がここで発揮される。


 「《円回閃》!」


 斬撃を受けたモンスターが吹き飛ばされ、わずかな時間ではあるが『エリアボス』のアンデッドが姿をさらす。


「《氷連弾アイシクルバレット》!《氷棘アイスニードル》!」


 それを見逃しはしない。広範囲に氷の礫を打ち放つ《氷連弾アイシクルバレット》と、火力を一点集中させた《氷棘アイスニードル》がアンデッドを狙い撃つ。


「ナッ!! グアアアア…!」


 魔法をもろに受けたアンデッドは無視できないダメージを負い、もがき苦しんでいる。だが体力を削り切ることはできなかったようでこちらに反撃をしてくる。


「オノレ……!《呪戒》!」


 黒いオーラを持った魔法が放たれ、近くにいたカイにぶつかり次の瞬間、カイの体から力が抜けていく。


「なっ…なんだ、こりゃ……」


 この異変の原因を確認しようと自身のステータスを見れば、《脱力》と《鈍化》が追加されている。


(今食らったのは状態異常の魔法か。直接体力を削られるわけじゃないが、行動を大きく制限された。追い詰めたと思ったとはいえ油断しすぎだ!)


 思うように体が動かない。だがカイは自分の間合いに相手をとらえている。その大剣でこの惨劇を終わらせるために、最後の気力を振り絞って刃をふるう。


「おおおおおおおっ!! これで終わりだ!」



 振るわれた大剣はその軌道を正確に定め、───敵の首をはねた。




「終わった、か……」


 元凶を討伐し、この騒動に終止符が打たれたことを確信したカイはその場に倒れこむ。隙だらけの状態だがもう襲ってくるものもいないだろうと思い、疲労の溜まった体を休める。…だからこそ身動きの取れない状態で不意を突かれてしまった。



「ココデ、朽チルノカ……。ダガセメテ…貴様モ道連レダ……!」

「なっ!?」


 首だけの状態のアンデッドがそう言うと離れた体が黒いオーラを纏いカイへと向かってくる。


「カイっ!!」


 リンカも焦ったように魔法で体を吹き飛ばそうとするが、距離が遠すぎた。黒いオーラはアンデッドの体からカイの胸に吸い込まれていき、消えていった。


 それで力尽きたのか、光の塵となっていったがあいつが何をしたのかわからないし、何をしたかったのかも分からない。


「カイっ!? 大丈夫!? …何か変なところはない?」

「あ、ああ…。特に変わったところもないし、大丈夫だと思うんだが……何もないわけがないよな」


 自分の体に何も変化がないことを確認するが、今の光景を見れば明らかに何かをされていた。


 こうして街の襲撃の元凶は一抹の不安を残しながらも、消えていった。

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