第十五話 新たな出発
アンデッドを倒した後、街にいたモンスター達は統率を失い騎士団や戦闘職の『プレイヤー』に討伐され、散り散りに逃げていったようだ。
俺たちは元凶を討伐したことを報告するために騎士団の本部を訪れ、あのアンデッドに関することや事態の収束を伝えた。
騎士団にはいたく感謝され、騎士団長のエリク・カイ―ナまで出てきて礼を言われたときにはさすがに焦ったが無事に役目は終えた。
そして、あいつが『エリアボス』だったからだろうか。ダンジョン内ではなかったが装備を落としていた。
《怨嗟のグローブ》
死霊属性特攻《弱》
STR+18%
《念霊のミサンガ》
死霊属性耐性《中》
LUC+9%
どちらも全体的に紫色で彩られたデザインであり、どことなく禍々しさを感じるが性能としては申し分ない。手に入れた経緯を考えれば素直に喜ぶことはできないが、ここは強くなったことを受け止めておくべきだろう。
二人は今、破壊された街の復興を手伝っている。騎士団の活躍や迅速な避難対応のおかげで人的被害はそこまで出ていないが、建物への被害は甚大なものだった。
「とりあえず人が無事でよかったけど、それでも万事解決ってわけにはいかないもんね。それにカイのあのこともあるし……」
リンカが言うのはあのアンデッドが最後に放ってきた黒いオーラのことだ。あの時は何もないかと思っていたが、その影響はしっかりと残っていた。
状態異常:《怨霊の妄執》
《怨霊の妄執》
死者の妄念に捕らわれた者。アンデッドから同質の存在と見なされ近寄られやすくなる。
聖属性から受けるダメージが2倍になる。
ほぼ間違いなく、というか確実にあいつから受けたものだろう。あれから結構な時間が経っているが、解除される兆しはないし自然治癒ではまず治らないと思った方がいい。
「解呪できないか教会の人たちにも聞いてみたけどそれは難しいって言われちゃったし…」
「さすがに『エリアボス』が全力でかけてきたものだしな。〈聖女〉とか〈最高司祭〉なら治せるってことだったけど、そこまでのツテがないしな」
現状、カイにかけられた呪いを解く術がない。カイ自身はそこまで重く捉えていないのだがリンカはそうではないようだ。
「でもこの国では治らなくても、ほかの国なら治せる可能性は残ってるもんね! カイ、いい機会だし一回サイラスを出てほかの国にも行ってみない?」
「ほかの国か? 俺は別にいいけど、どこか行きたい場所でもあるのか?」
「特に決まってるわけじゃないんだけど、それでもサイラスには結構いたしね。別の国で冒険をしてみたいなって」
今はサイラスは復興の真っただ中であり、長距離の移動は難しいだろうがそれさえ解決してしまえば他国への移動は難しいものではない。リンカの言う通りこれまではサイラスで活動をしてきたが、ほかの国にも興味はある。
「うーん…。…よしっ! じゃあ復興作業が一段落したら行ってみるか!目的地に関してはまた後で決めよう」
「やったぁ!! また新しい楽しみができちゃったね!」
見るだけで嬉しそうだとわかる相棒の姿に和みながら、カイは今回の件を振り返る。
(まさか呪いを食らっちまうとは…。とどめを刺したと思っていたから油断していたなんて言い訳は通じない。あの時に食らっていたのが攻撃魔法であればその時点で終わっていたかもしれないんだ。そうなれば次に危険な目に合うのはリンカなんだ)
表面上は何でもないように振舞っているが、この件でカイは反省していた。自分が気を抜かなければ受けずに済んだものを受けてしまった、と。カイは自分を責め立てるが……
「カイ、どうかした? 呪いもいつか絶対治そうね!」
…顔を覗き込んでくるリンカの姿に怒りの感情は一気に落ち着きを取り戻していった。
(…ったく。気を緩めるななんて思っておきながら、リンカ相手にはこれだ。すぐに緩んだ姿を見せてしまう)
単純すぎる自分に呆れながらもそれと同じくらいに感謝の念が湧いてくる。
(そうだ。別に一人で強くなる必要なんてないんだ。俺に足りない部分はリンカが補ってくれる。二人で強くなっていければよかったんだ)
「ありがとな。けどそんなに焦らなくても大丈夫だ。いずれは治せるだろうし、たとえ治らなくても案外何とかなるかもしれないしな」
「…うん。けど何かあったら絶対言ってよ?抱え込むのはなしだからね」
「わかってる。本当に苦しいときはちゃんと相談する」
そんな言葉を交わしながら時は過ぎてゆく。二人の間にある絆はその輝きをさらに増していくのだった。
数日が経過し、復興作業もある程度進んできた。現実とは違い、生産系統の職業を持つ者達が多くいるので再興にもそれほど時間はかからなかった。
この数日間でカイは教会を訪れていた。街の襲撃の元凶を討伐した功績が認められたので聖属性の獲得ができるかもしれないと思い、祈りに来ていた。もう一つの聖属性獲得条件である「一定量の寄付を行う」は騎士団から報奨金という形でまとまった金額をもらっていたので特に問題もなかった。
問題が発生したのはそこからだ。いくら祈りを捧げてもカイは聖属性を獲得できなかったのだ。原因が分からなかったので首を傾げていた時、ふと自分の状態を思い出した。
今のカイには状態異常の《怨霊の妄執》がついている。もし《怨霊の妄執》が死霊属性を含んでいるものだとすれば獲得できないのにも納得がいく。死霊属性と聖属性は相反するものだとされていて、原則的に同時に取得することはできないとされているからだ。
そんなこともあり、聖属性獲得は失敗した。こればかりは仕方ないので諦めるしかない。
それとカイが「リンカは聖属性を取らなくていいのか」と尋ねてみたが、彼女はいらないそうだ。
一応リンカも功績はあるので取得しようとすればできるが、「複数の属性に手を出すと器用貧乏になってしまうからいい」とのことだ。こればかりは当人の意思次第だし、カイも無理強いするつもりはないので話は終わった。
そんなハプニングもあったが、この数日は特に大きな問題もなく過ぎていった。そしてこの日、二人は他の国へと向かう馬車乗り場にいた。
「じゃあそろそろ出発するか。何かやり残したこととかないか?」
「大丈夫。この数日で知り合いにもサイラスを出ることは伝えてあるし、問題ないよ!」
その言葉を聞いて改めて忘れたことはないかと確認し合い、二人は馬車へと乗り込む。
「しっかし日数で見ればそんな長くはないのに、かなりここにいた気がするな」
「冒険の連続だったもんね。けどまだまだ見てないものもあるし、楽しいところもいっぱい残ってるよ!」
そう、何も終わっていない。むしろ旅は始まったばかりだし、ここから未知の体験がわんさか待っているだろう。それでも───
「ん? 何かあった?」
「いや、何でもない」
──この、誰よりも信頼できる相棒となら大丈夫だ。
未知なる出会いが待っている地へと向かう馬車は、そんな思いも抱えながら進んでいった。
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