第十二話 束の間の休息
ダンジョンを攻略した俺たちは、その日はそのまま終わることとして別れた。そして次の日、リンカと予定を話し合っていた。
「今日はどうするか。特にこれといって目ぼしいことがあるわけでもないし…」
「じゃあさ、今日はゆっくり街を探索してみるのはどう? いつもは街の外で動くことが多かったけど、街を歩くのはそんなにしてこなかったでしょ」
リンカにそう言われて、今までゆっくりしていたことがなかったなと思う。
「これまで戦ってばかりだったしな。せっかくだし街を見て回るのもいいか」
「休憩と思ってのんびりしよ~」
今日は休みということで、装備を外した私服の状態で街をぶらつくことにした。たまにはこういうのもいいだろう。
街を散策していた二人がやってきたのは、中央の城近くにある教会だった。教会では祈りを捧げたり、寄付をしたり、自分の相談に乗ってもらうこともできる。
この世界における宗教は女神「アウラス」を主神とするものがほとんどであり、それ以外にも存在はしているがマイナーなものとされている。しかしあくまで教会は神を信仰する組織であり、国家権力に直接関与するようなことはほとんどない。
それでも教会は民衆の生活に広く溶け込んでいる。そして『プレイヤー』の間でも教会を利用する者は多い。相談などで通う者もいるが、主な目的は聖属性の獲得である。教会では「一定量の寄付を行う」「教会に認められる功績を収める」という条件を満たした上で祈りを捧げることで、聖属性を獲得することができる。
聖属性はアンデッド特攻の属性であり、回復系統のスキルも獲得することができるので人気が高い。職業の進化も進んでいけば強力な武器となるので使う者が多いのだ。
だが、二人が来たのは別にそんな目的ではない。そもそも寄付もしていないし、功績だってまだできていない。ただいつかは欲しいと思っていたのでその下見もかねてやってきたのだ。
「聞いてはいたけど、やっぱり綺麗なところだよな」
「うん。「神のお膝元だから」っていう理由でここまでのものを作る執念はさすがだよねぇ」
教会の中は女神の姿を模したと思われる像とその後ろに美麗なステンドグラスがある。全体的に白で整えられた建物は思わずため息も漏れる美しさだ。
そんな光景を眺めながらしばらく教会の礼拝等を見学していたが、特にやることもなくなってしまったため教会を後にした。
時間も昼頃となっていたため、道端に出ていた屋台でホットドッグもどきのようなものを購入した。実際に腹が満たされるわけではないが、空腹感はまぎれるので食べてみようということになった。
道端にある噴水に腰掛け、二人でホットドッグもどきをほおばる。味としてはケチャップに近い酸味がうまく再現されているが、やはり本物には及ばない程度、といったところか。こればかりは仕方がないなと思いながら一気に食べる。
リンカがまだ食べ終わっていないので、待っているとカイに声をかけながら近づいてくる人物がいた。
「おーい! カイじゃないか! こんなところで何してるんだー?」
「ん……? おお、ビルダー! 久しぶりだな。元気だったか?」
声をかけてきた人物はビルダー。以前にカイに対して初心者指導を行ってくれた者だ。フレンド登録はしていたため、いつでもメッセージは送れたがなんとなく機を逃してしまっていた。
「お前の方こそ、元気そうで何よりだ! ところで、そっちのお嬢さんは見ない顔だな。新しいパーティメンバーとのデート中ってところか?」
「リンカは確かにパーティの仲間だけど、別にデート中ではないよ。普通に街の散策中だ」
「そうそう、なんといっても私たちは相棒だからね!」
ようやくホットドッグもどきを完食したリンカも答える。実際に二人の間に恋愛感情はないのでデート中などと言われても戸惑うだけだろう。
「そうか。それは野暮なことを言ってしまったな。ところで二人も、やはりここには騎士団を見に来たのか?」
「騎士団? そんなの知らなかったけど、騎士団が来るのか?」
この国サイラスには国家直属の騎士団が存在し、この国の治安維持を努めている。そんな騎士団は街の見回りということで月に一回、街全体を見に来るのだとか。
「ここでは騎士団自体の人気も高くてな、一部ではファンのような者達もいて見に来てるんだよ」
「へぇ…、じゃあビルダーもその騎士団のファンだから見に来たって感じか?」
「俺は少し違うな。騎士団というよりも騎士団長を見に来たんだ」
騎士団を見るのも騎士団長を見るのも大して変わらないと思うが…と思ったが口には出さずに会話を続ける。
「その騎士団長とやらがよほどの人気でもあるのか。俺には見に来る理由がわからんが」
「そうでもないと思うぞ?これを聞けばお前だって興味は湧くはずだ。その騎士団長はな、『レイヤ』でありながら───『到達者』なんだよ」
ドクンッ、と心臓がはねた気がした。『到達者』。それは自身の職業を第六段階にまで進化させた者。力の頂に手を掛けた者だ。
「…この国の騎士団長が『到達者』ってのは本当なのか?」
「ああ。騎士団長のエリク・カイ―ナは職業も公言してるしな、間違いない。その職業は《天聖卿》というらしい」
「《天聖卿》か…」
「そんなやつがわざわざ街に来るっていうんだから、一目見ておこうと思ってきたってわけさ」
それならビルダーが来るのも納得だ。この世界でも稀有な『到達者』。『プレイヤー』でも目指すものは多いのだから、少しでもその実力を見てやろうという考えから来てもおかしくはない。
「せっかくだし、カイも見ていったらどうだ? 滅多に見れるもんでもないしな」
「そうだな…。リンカはどうする?」
「私はカイに付き添うよー」
「じゃあせっかくだし見学していくか。いい機会だ」
しばし時間が過ぎ、退屈に待っていたころ遠方から歓声が聞こえてきた。そこから現れたのは、純白の鎧に身を包んだサイラスの騎士団。そしてその先頭に立っている金髪を揺らしながら騎士団を率いているのが、騎士団長のエリク・カイ―ナだろう。
騎士団のメンバーはその立ち振る舞いから、全員が歴戦の猛者だということが伝わってくる。今の自分たちでかかっても勝てないことがわかる。しかし、エリクはもはや次元が違う。誰よりも屈強というわけではない。どこまでも自然な姿であり、強者特有の雰囲気というものはそこまで感じられない。だが、圧倒的なオーラがあった。自分たちでは勝負の土台にすら上がれないほど、そこには明確な差が存在した。
時間にすればほんの数十秒だったが、カイはこの一日で最も濃い刺激を感じていた。そしてそれはリンカも同様だ。あれだけの差を見せられても諦めない根幹が二人の中にはあるのだ。
「…すごいもんを見たな」
「あれが『到達者』なんだね。実際に見てみるとやっぱりすごい」
「けど、だからこそ、追い付きたいとも思った。」
「うん。いつまでも見惚れてばっかりじゃいられない。私たちももっと強くならないと!」
『到達者』の強さを感じ取った者達は、その強さに負けないくらいの熱量でさらに自らの決意を固めていった。
「じゃあ俺たちは帰るよ。今日はいろいろと教えてくれてありがとな、ビルダー!」
「いいさ。困ったやつらに手を伸ばすのが俺たちの本懐だ。またいつか会おう!二人とも!」
「ビルダーさーん! ありがとうございましたー!」
束の間の休息はこうして終わった。しかしその胸には、戦いだけでは得られない炎が灯っていたのだった
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