第二話 ゲームスタート


 再び意識が覚醒したとき、戒斗は見慣れない空間にいた。すべてが白い空間であり、ほかには何もない。


「ここって……、多分初期設定をするんだろうけど何にもないな」


 そんなことをぼやいていると、目の前に光の玉が現れる。


『ようこそ、「Record of Divergence」の世界へ。こちらでは基本的な設定を行っていただきます。』


 機械的なアナウンスが聞こえてくるが、まあ最初はこんなものだろうと納得する。


「えーと、まずは何をしたらいいのかな?」

『まず自身の用いるアバターを制作していただきます。』


 アバター制作。自分の分身ともいえるものなので、手は抜けないと戒斗は気合を入れる。


「そうだな、リアルの自分をベースにいじることってできるかな?」

『可能です。現実の肉体をベースに行います』


 そういうと目の前に、現実の体とアバターの設定画面が表示される。


「よし、じゃあ本格的に作っていくか」








 そうして完成したアバターは顔を少しいじり、もともとの黒髪を銀髪へと変更したものに落ち着いていた。


『それでは次に、最初の職業を選択していただきます』

「職業? ってうおっ!?」


 次に出現したモニターには選択できる職業がずらっと並べられている。…がその数がすさまじい。なにせパッと見るだけでも100を優に超える職業があるのだ。


「こりゃまたすごいな…。〈剣士〉に〈魔法使い《炎》〉、〈錬金術師〉に……〈農家〉まであるのか。どんだけバリエーションそろえてるんだ」

「そうだな…まあ最初の職業だからそこまで強いものはないだろうけど、やっぱり尖ったものが目に付いちまうよな。けどここはシンプルに〈剣士〉でいいか」


 職業を〈剣士〉に設定すると、また別の選択肢が出現した。


『では、開始地点の国家を選択してください』

「スタート地点ね。どこにするかな……」


 こちらもいくつかの国家が選択肢として挙げられている。目につきやすいのは機械文明の発達した国「フォールギア」、自然と調和しながら生きてきた「エンリーフ」、ほかにも海中に存在する国等も選べる。


「ここも迷うけど、やっぱここだな」


 戒斗が選択したのは中世の街並みをモチーフとした国「サイラス」。特筆した特徴こそないが、その分幅広く施設がそろえられており初心者プレイヤーが始めやすい場所として人気の国だ。


「何かに特化しているのもいいけど、最初はなるべく地盤を固めていきたいからな。ほかの国にも後から訪れることはできるみたいだし、ゆっくり満喫すればいいだろう」


 開始地点の国家も決まると、おそらく最後の設定画面が出てくる。


『それでは最後にあなたの名前を決めてください』

「そういえば名前は決めてなかったな。じゃあ「カイ」で決定っと」


 そうして名前の入力が完了すると、目の前にいた光の玉が一層大きく輝き始める。


『お疲れさまでした。これから「Record of Divergence」の世界への転移を行います。あなたの意思の赴くままに、全てを自由のもとにお楽しみください』


 そうして目も開けられないほどに光が強まったとき、ふとカイは目の前の光の玉がヒトの形を象っているように見えた。


『無限に等しい選択が、君の最善になることを願っているよ───』


 それはあまりにも機械らしくない、万感の思いが込められた言葉だった。








『……行ってしまったか』


 残された空間に、誰に向けられたわけでもない独り言が響く。


『これで世界から集まった『プレイヤー』はおよそ1000万人を超えた。最終的な目標はまだ遠いものだが、それもいずれは達成されるだろう』


 それは当人以外には、いや、当人達以外には理解できない発言。しかし明確な意思をもって告げられた言葉。


『ここから進行は加速していく。そうすればおのずと我々の望みは叶えられる』


 そう言うと、ゲームの運営者であり、分岐の観測者である者は自らの目的のために動き始めた。







「…………っ」


 光の玉からあふれ出る光から視界を守るため、瞳を閉じていたカイだったが、ふと顔に風が当たるのを感じ、瞳を開けた。


 そしてそこに飛び込んできた景色を見て、言葉を失った。


 カイが立っていたのは見晴らしの良い草原だった。遠くには森があるのが確認でき、近くには大きな城が建っている街がある。おそらくあそこが自分が選択したスタート地点の「サイラス」だろう。


 特筆して目を見張るものがあるわけではない。話には聞いていたし、知っていたはずだった。しかし、そこにあるものは全てが本物だった。体をなでる風、どこかから聞こえてくる動物の鳴き声、地に足を踏みしめる感覚。間違いなくそこに「ある」ものだと伝えてくる。


「これはまた、想像をはるかに超えてきたもんだな………」


 その圧倒的なクオリティに呆然としていたが、ふと我に返り、辺りを見渡す。


「近くに街も見えるし、そこでいったん装備でも整えるか。あそこなら武器屋とかもあるだろうし、向かってみよう」


 カイのいた場所は街から5分ほど離れた場所。なのでそれほど時間をかけずにたどり着くことができた。


「しっかし、外から見えた時にも思ったけど街の盛り上がりもすげえな。何なら現実よりも人との交流がありそうなくらいだ」


 サイラスに入った瞬間に広がった円形の大きな広場。そこではNPCと思われる者達が『プレイヤー』に対して、熱心に商売を行っている。先ほどカイも声をかけられたがその様子が自然すぎたため、始めはNPCだとは気づけなかったほどだ。


「生身の人間と何ら変わらない挙動で話しかけてきたんだ。ただのシステムの一つなんて思っていたら、いつか痛い目に合いそうだ」


 そう考え、この世界に対する認識を改めていると聞き覚えのない声をかけられた。


「おいおい、にーちゃんそんなナリしてまさか初心者かぁ~?」

「ギャハハ! こんなところで初心者に出会えるとは俺たちも運がいいぜ!」


 カイが視線を向けた先にいたのは、髪型をモヒカンにした、明らかにガラの悪い男たち。


「せっかくだし俺たちに付き合ってもらおうか、にーちゃん?」


 疑問に思う暇すらなく、二人に腕をつかまれ連れられて行くカイ。


 まさかこれ、やばい?と思うときにはもう遅く、チンピラに拉致されていくのだった。

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