第一話 「Record of Divergence」


 2082年、世界では様々な技術の進化が進み、人々の暮らしは大きく変わっていた。

その中でもVR技術の進化は大きく取り立てられることであり、人々の関心はその進歩に向けられていた。


 かつては夢想の空想でしかなかったフルダイブ型VRMMOが実現したのは、十数年前の話。しかし夢が実現するにはさらに時間を要した。


 実際に人間の意識のみを仮想現実へと飛ばし、そこから体の動き、五感の再現といった難題が残っていたからだ。多くの企業が手を組み、全力を要し、総力を結集させてもそれらの解決は容易ではなかった。


 そこからさらに十数年の年月が経ち、数多のゲーマーたちが次こそはと希望を胸にプレイを試みるが、いまだにすべてのプレイヤーを納得させるものは出てこなかった。


 ………あのゲームが生まれるまでは







「Record of Divergence」、通称「レコダイ」。

 舞台は広大かつ、ファンタジーな要素も盛り込まれた世界「リーレス」。そこではモンスターとの争いや、様々な人との出会い、そして数多の選択肢が待っている。


 概要としてはこんなものだ。最初にパッケージで説明文を読んだ人間も苦笑しただろう。何せいまやVRゲームはゲーム市場の8割以上を占め、その競合性を増し続けている。こんなありきたりな説明ではまず人目につくことすらできまい。


 このゲームを見たほとんどの人間がそう思った。こんなものは駄作だと。


 そうしてわずかな希望を抱いたプレイヤーだけがそのゲームに手を伸ばし…………言葉を失った。


 そこでは自身の体の動き、五感、環境とあらゆるものが本物だった。何よりも、生きていた。


 本来ならば決められた行動しかとれないはずの動物、モンスター、そしてNPC。ありとあらゆる生命が躍動していた。


 当然、こんなクオリティのゲームが人目につけばすぐに話題になる。このゲームの圧倒的なクオリティを体感したものが人づてに、ネットを介して、あらゆる手段を用いて広められていく。


 そうして「Record of Divergence」は世界的なヒットを生み出すに至った。








「外れたあああああああ!!」


 彼の名前は千堂せんどう戒斗かいと。現在高校二年生、17歳のゲーム好きの少年である。彼が絶叫している理由は他でもない、「Record of Divergence」を購入するための抽選に外れたからだ。


「これで二十回連続だし……なんで当たらないんだよ!」


 「うるさい!」と下にいる母親に叱られたが、そんなことは気にも留めない。戒斗はとことん運が悪い。日常生活においても日に最低でも一回は不運に見舞われているような男だ。


世界的ヒットとなっている「Record of Divergence」といえど、二十回も抽選を繰り返せば倍率は下がってくるものだが…ことごとくついていない。


「こうしている間にほかのやつらはどんどん進めているわけだし………はぁ~、どっかで手に入らねぇかな~」


 そんな愚痴を垂れ流していると戒斗の部屋のドアがたたかれた。


「兄ちゃん、入ってもいい?」

「ん、誠か? 別にいいけど、どうした?」


 そうして部屋に入ってきたのは戒斗の弟、千堂せんどうまことだ。


 誠は信じられないくらい顔立ちが整っている。サラサラの髪質、くりくりとした瞳、男にしては華奢な体つき。将来は女性に好かれることが確信できるような美少年っぷりだ。


 両親もある程度整っているが、それでも誠はずば抜けている。遺伝子が突然変異でも起こしたのだろうか。ちなみに戒斗は良くも悪くもない、普段から清潔感は保つように心がけているが、それでも飛びぬけたものではない。


「なんか兄ちゃん最近、ゲームの抽選やりまくってるじゃんか」

「あぁ、レコダイの抽選な。全く当てられてないし今も外れたところだけどな…」


「それなんだけど、僕も試しにやってみたらなんか抽選に当たったみたいで…「マジでっ!?」うわっ!?」


 まさかこんな身近な場所に幸運をつかみ取った者がいたとは…と自分の運を嘆く戒斗だったが、そこで誠が提案する。


 「僕、来年受験だしこれから夏休みだけど、ゲームやる時間もないから兄ちゃんにあげようか?」


 誠は現在14歳。来年には高校受験を控えている身だ。そのことを考えれば、確かにゲームをプレイする時間はあまり確保できないだろう。


「それは俺としてはすげぇうれしいけど…いいのか? せっかくお前が当てたものなのに」

「いいって。このまままともに遊べない僕が持ってるより兄ちゃんにやってもらったほうがいいだろうし、僕も納得できるよ」


 俺はなんていい弟をもったんだ……と戒斗が感動に打ち震えながら誠から購入権を譲り受ける。


「ほんとにありがとうな、誠。この恩は絶対に返すから」

「うん、じゃあ用はそれだけだから。じゃあね」


 そういって誠が部屋から出ていく。残された戒斗は誠からもらった権利で「Record of Divergence」の購入手続きを進めていく。


 そして一週間と少しが経過したとき。


「やっと手に入ったぞ!」

 

 戒斗の手にあるのは間違いなく「レコダイ」だ。長きにわたる苦労があった分、その感慨も一塩である。


「これでようやくスタートを決められる。俺は誰よりも「レコダイ」を謳歌してやるぞ!」


 ゴーグル型のハードウェアに「レコダイ」をセットし、寝転がる。そして電源を起動させ、少し経つと戒斗の意識は深い闇に飲まれていった────。

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