フラクタル・オーヴァチューン

名桜

序章"Prelude"

Awakeing

また、同じ夢を見る。

”あの日”を境に、ほぼ毎日見るようになった夢を。


「こんばんは、璃桜ちゃん」

飽きるほど聞いたノイズ交じりの声が耳に届く。

無論、この後の展開も飽きるほど見てきた。


右に一歩、前に三歩、ここで身体を捻り、右腕を思いっきり振るう。

刹那、私の体に飛び散る鮮血。


「全く……随分なご挨拶ね」

女の手には鈍く輝く白銀の銃――コルトパイソン。

避けなければ、殺されていたのは私の方だ。

「……はっ、どの口が言うの。

私はあなたの顔を見るのもうんざりなのよ」

私の手には鮮血に染まった太刀が握られている。

殺されたくないから、殺す。


そう、これは夢。

夢だからこそ、私たちは殺し合う。

演者は私――七々扇璃桜ななおうぎりおうと私と同じ顔をした女。

理由は無い。

ただそうするべきだと私の第六感が囁くのだ。


私たちは向かい合う。

開演を告げる銃声が、何もない空間に響きわたった。


女が冷静に狙いを定め、引き金を引く。

銃口から放たれた銃弾が空気を切り裂き、私に目掛けて飛んでくる。

それを敏捷にかわし、握られた刀で攻撃の準備を整えた。


銃弾と刃が空間を支配する中、女は私に笑う。

憐むように見える笑顔に、私は憤怒を覚える。


銃弾を見切るたびに一瞬の隙間を突いて刃を振るった。

銃音と斬撃音が混ざり合い、周囲に響き渡る。

女は正確な射撃技術にて愚弄し、私は背丈と同等の刃と共に踊る。

その動きは対照的でありながら、互いに対抗しながら戦う劇のよう。


相手の弱点を突くために巧妙な戦術を練り、その舞台裏に潜む戦略と思惑が戦いの行方を左右していた。


……そのはずだった。


いつも通りの夢であれば、追撃の最中に数発喰らっているはず。

だというのに、私の体は無傷であった。


「ねぇ、璃桜ちゃん」

不意に女が武器を下ろし、私に話し掛ける。

「璃桜ちゃんは、神様を信じる?」

その問いに、私は心臓を縛られているような緊張感に襲われる。

「私は知ってるわ。

璃桜ちゃんが、誰よりも、何よりも神様が大嫌いだってこと」

一歩、女が私に歩み寄る。

「神様のせいで、璃桜ちゃんの※※はばらばらになっちゃったもんね」

また一歩、女が近づく。

無意識に感じた恐怖ごと薙ぎ払うように、目を瞑りながら私は刃を振るう。

そこには、何もなかった。


「私はね、璃桜ちゃんから産まれたんだよ。

それなのに、見て見ぬふりなんて酷いなぁ。

だから、私決めたの」

背後から悲しそうな声が聞こえる。

振り返る勇気なんて、今の私にはない。


「私は、璃桜ちゃんから、何もかも奪ってあげる」

女が私に抱き着いてくる。

身体が勝手に動いて、後ろにいる女を不本意ながら受け止めた。

刹那、私の唇に落ちた柔らかい何か。

時間が止まったような感覚に陥り、周りの世界が静寂に包まれた。

愛情と憎悪が交わるソレは、言葉では言い表せないほど深いものだった。

「大好きで、大嫌いな璃桜ちゃん。

私が滅茶苦茶にしてあげるね……ふふっ……あはははははははっ!」

それが女の唇であったと理解した時、私の意識は深く落ちていった。

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