抑えられない欲求
『皆様、本日もお疲れさまでした。次の開放日は48時間後の午前9時です』
ダンジョンの開放は48時間後の午前9時から午後六時(お昼休憩1時間含む)の8時間労働と労働基準が決められている。
今日も食堂に仕事を終えた猛者達が来店する。
「あー疲れたぁ。なんかさ、地球人おれ達の殺し方慣れてね?」
19階層ゴブリン村の主であるボス、ゴブリンロードのゴブリン松本。彼の好物はカリフラワーの唐揚げ風。
「分かる分かる! 奴らまんがとかげぇむとか言ってたが、どうやらそれにおでらに似た種族がいたらしいんだヨ」
29階層オーク都市の主であるボス、オークロードのオーク鈴木。彼の好物はラディッシュと生ハムサラダ。
「いきなりゴブリン集落のさぁ、おれんとこの巣を襲撃されてよぉ、ぜってぇ戦い慣れしとる地球人は! いくらリセットされるとはいえ殺されたら痛ぇんだよ!」
塔の住人達は殺されても、終業時間になれば「起死回生(リセット)」されるが、傷つけられた痛みは痛いのだから慣れるものではない。なので、不憫に思った神は「痛覚手当」という、痛みを伴った分の慰謝料が貰えるシステムだ。
「おでなんて丸焼きだぁとか言って街ごと業火の炎で燃やされたんだぞ!? どっちが悪役だってぇーの! プンプンッ!」
頑張った二人に好物を出した。
「今日もお疲れ、あと、これはサービスだ」
透明な小さな小瓶を渡した。一見ただの水に見えるが実は…、自分で言うのもなんだが有益な水だと言っておこう。
少しでも痛みが安らぐように。
「! こ、これは『ヒツジーンの涙』じゃねぇかスカジョンの旦那!」
俺はただのヒツジではない、ヒツジーンと呼ばれた種族だ。この種族の長、つまり俺の「涙」は「万物を癒す」と称される希少なもの。神が俺達ヒツジーンを塔の住人に選んだ理由の一つでもあるらしい。
「こっ、こんな高価なものをおでらが貰ってええんのんケ?」
「大体20階か30階層当たりで、異世界の奴らがつまづく。つまり、あんた達が一番戦って辛い思いをしているんだ。俺はそんなあんたらに美味いもん食わすか、癒すぐらいしかできねぇから…」
「「旦那…」」
ふと、バァンッ! と店の扉が開いた。
「ああああああああああぁぁあああああ」
折角のいい雰囲気だったのに台無しだ。
66階層鮮血の薔薇(レッドガーデン)の主である真祖吸血姫さんが悲鳴を上げてご来店。
「なんなの一体なんなのあの人間! いいえあれは人間じゃないわ! 化け物よ!」
「あんたが言うな」
あ、いっけね、普通にツッコんでしまった。
カウンター席に座るなり、キッと真祖吸血鬼姫さんに睨まれた。
「大体あんたのせいなのよジョンソン! 突然現れて、『貴方はスカジョンさんとどれぐらい仲がいいんですか?』って訳の分からないこと聞いて来るもんだから!」
…嫌な予感。
「管理する塔が近いんだもの、そりゃあ『長年の付き合いよ』って言ったわ!」
耳を塞ぎたい。
「そしたらこのレディの口の中にニンニクを詰め込むわ、銀の十字架で心臓を何回も何回も貫いたのよ!? この真祖吸血鬼である私をよ!? これでも、ろ、ろろ66階層のボスよ!? あああああああいつは悪魔よ! いえ、魔王よ!」
お客様だし、お水とおしぼりは出さないといけない。…聞きたくは無かった。
カランカラン♪
バァンっ! じゃない普通のご来店があった。
「いらっしゃ……」
「こんばんわ~」
信長氏、空気を読むのが上手いんだな。
彼を視界に入れた瞬間。
「キャァァァァァァァァァッ!」
バタンッ! と泡を吹いて倒れる真祖吸血姫さん。
「……はぁ……」
もう溜息しか出ない。
「おれらはあっちで飲んでるよ」
「悪いな」
気を利かせたゴブリン松本とオーク鈴木が、真祖吸血姫さんを持ち上げ、お座敷部屋に運んで行ってくれた。
にこにこと信長氏は何事も無かったかのようにカウンター席に座る。
一応お客様だ。お水とおしぼりを出した。
「あんたが強いのはよ~く分かったから、あんまりいじめないでくれよ」
たった1か月で66階層まで攻略しただと? パーティを組まずたった独りで?
「いじめてなんかないですよ」
「……それは『強者』の台詞だよ」
「……」
さて、明日は食堂を休まないといけないなぁ。
「スカジョンさん。明日、『本当』の貴方に会いに行くので、待っていて下さいね」
だが、俺にだって矜持(プライド)がある!
「ぜぇぇったいぃに『聖拳(エクスカリバー)』を使うなよ!?」
「!」
「『!』じゃねぇのよ正々堂々勝負したいんです、の流れだっただろ今ぁ!」
「ダメなんです! ボクに凶器を持たせては!」
「…ぅえ?」
どういう意味? 本当にモフって66階層まで来たの? 66階層まで全部が全部モフれる相手ばかりじゃないぞ。
「回帰前、ボクは! ボクは取り返しのつかないことをしてしまったんです!」
「お、おん?」
「ボクがひとたび刃のつくものを手にしたら…」
「お、おお…?」
信長氏は自身の震える両手の平を見つめていた。彼は一体何をしたんだ? そもそも、なんで回帰したんだ?
「モフ欲求が抑えきれず100階層ヒツジーン達の毛という毛を丸刈りしてしまったんです!」
「分かった、降参だ、降参する」
イメージ画にモザイクをかけないといけなくなるから。
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