俺達の矜持
あれから、俺は全システム稼働タスク100%MAXで【回帰者】にまつわる物語を読みに読みまくった。
「ジョンソン、おまえ目の下のくま、すげぇことになってんぞ」
今日のランチメニューは不死鳥におすそわけしてもらった、銀の卵で作ったオムライス。
今日のお客さんは88階層の【紅い森】ダンジョン主、クマーンの熊田だ。名前から察するにそうだ、熊だ。種類は地球用語で言うとそうだなぁ…あぁ、三毛猫ならぬ三毛熊だ。今は俺と同様、ミニマムサイズになってはいるが、怒らせると怖い巨大熊だ。
「99階のダンジョン主であるおまえさんをこうもまぁ疲弊させる奴は一体どんな恐ろしい奴なんだ!?」
俺は熊田さんの隣の青年を見やった。
「うんまっ! マジ美味いっス! さすがはスカジョンさんですね!」
オムライス5杯目に突入する地球人の青年が1人。
「……熊田さん、あんたの隣にいるよ」
有言実行とはこのこと。自称回帰者と名乗る青年、尾田信長氏はたった2日で1階から20階まで攻略して、……俺の食堂に来た。
「へ?」
熊田さんはオムライスを食べる手を止め、マジマジと信長氏の横顔を見た。
「熊田さんは地球の【回帰者】がどんなもんか分からないと思うけど、多分、この塔で一番に強い。だから彼には逆らわない方がいい」
これが俺の出した答え。
徹夜して地球のアニメに漫画やゲームというオタク文化を研究した導き出した結果だ。
「っはぁ~? こんなもやしがぁ~? 嘘だろぉ~?」
あぁあぁもう、本当に熊田さんは見た目通り血気盛んなんだからなぁもぅ。
「彼はな、所謂細マッチョと言ってな? すらっとした外見だが脱いだら凄いっていう属性なんだよ」
「おめぇの言ってること全く分からねぇ!」
そうだよなぁ、通じないよなぁ。
「……」
さっきから熱い視線が。
信長氏はにっこり微笑んでいる。
怖いっ! あの笑みは何だ!? 一体何を企んでいるぅっ!?
何度もいうけどんこここここここれでも俺は99階層のダンジョン主ラスボス、だっ!
「それはそうとジョンソン。19階層で変な事件があったらしい」
「変な事件?」
「あぁ。19階層は『兎獄』だろ? 聞いた話によるとなんともなぁ…」
別名「兎パラダイス」だ。見目麗しい外見だが、ここの塔のウサギは草食じゃないからなぁ。地球用語で表現すれば…うう~ん、ウサギのガワを被った狼ってところか。
「そこがどうかしたのか?」
「いやぁ、なんでも『モフり倒されている』らしいんだ」
???
「…あんたの言ってることが全く分からねぇ!」
ふと信長氏がゆっくり手を挙げる。
「…すみません。多分、ボクのせいです…」
「「はぁ?」」
熊田さんと声が重なった。
とりあえず現地に赴くことになった。
「宇佐衛門!?」
19階層「兎獄」。
その階層主ボス、ふんどしと巨大なハンマー使いの兎のビッグボス宇佐衛門が、息も絶え絶えに木に持たれていた。
「無傷じゃん!? 他の子達は!?」
二足歩行のきゃわいい外見とは裏腹に、強力な脚力を生かしたフットワークとトルネードキックが売りの兎達が、頬を赤らめ倒れている。
「外傷ねぇし! 一体何があったんだ!?」
宇佐衛門が目を開き、ゆっくり指を指した。その指の指す方には信長氏がいた。
「そいつの、『聖拳(エクスカリバー)』とやらにやられた、はは、とんでもねぇ奴だ」
「エクスカリバー?」
地球用語の「聖剣」のことか?
信長氏はそういえば武器を携えていない。物語の主人公がさも当然に持っているとされる亜空間の収納ボックスの中にでも入っているのか? 信長氏を見つめると目が重なった。
「あっ」
何故頬を赤らめる信長よ。
「股間の『聖剣(エクスカリバー)』じゃないですからね!? 『聖なる拳』の方です!」
「誰も聞いてねぇから! その下ネタ俺以外通じる人いねぇから! つか拳の方が知らねぇよ! 聖剣に謝れ!」
いや普通に下ネタぶっこんでくるから、驚き通り越してドン引きだわぁ。そもそも俺、地球人じゃねぇし。
「こいつに一瞬でも撫でられたら子分達は皆昇天しやがった…。わいはようやく正気を取り戻したが…クソ、なんて卑劣な技だ!」
ほら宇佐衛門は全く話を聞いてねぇ。そもそも通じてねぇからな! つか本当に悔しそうだなぁ。
「卑劣だなんて! この『昇天モフ殺し(ヘブンズモフ)』はボクの生物愛護心から生まれたスキルですよ!」
「いや確実に殺してる!? 矜持(プライド)をな!?」
「うぉぉぉぉぉぉんうぉぉぉん」
宇佐衛門、本気(ガチ)泣き。
つまり命あるもの皆触るだけで、有無を言わさず昇天させられる屈辱を味わうということだ。
「信長氏、熊田さんを頼む」
「え、あ、はい」
「あっはぁん♡」
88階層ボス狂乱の三毛熊、熊田昇天。
信長氏に胸元をサッと撫でられただけでこのザマだ。本物だ、聖拳(エクスカリバー)と呼ぶより「神の手(ゴッドハンド)」の方がいいと思うのは俺だけか。
つか拳じゃなくね!?
「へへ、どうですか? スゴイでしょ?」
スゴイでしょ? じゃないんだよ信長氏よ。この一見血を見ない平和的な戦いだが、信長氏による一方的な精神を抉る攻撃だと分かっているのか!
はて。そういえば…。
俺は信長氏に初めて会った時、抱っこされたりめっちゃモフられたし、頭を撫でられたが?
「なんで俺には効果がないんだ?」
信長氏は苦笑を浮かべた。
「強者(ほんめい)なので」
一見、切なそうに思える表情を浮かべる信長氏。確実に俺は「狩られる」側だわコレ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます