罪と出会い

48いぬ

第一話

 「っはぁ!!」

 勢いよく身体が跳ね上がった。心臓が激しく動く音が頭に響く。シャツが背中にピタリと貼り付いており、不快感に苛まれる。はぎ捨てられた掛け布団が無造作に丸くなっていた。トタンで作られた屋根に大き目の雨粒が当たり、部屋中に響き渡る。

 最近、あの日のことを思い出す。呼吸は荒く、前髪は汗でひどく濡れていた。布団のすぐそばにあるテーブルから、ペットボトルを手に取る。あまく閉められただけのキャップを外し、乾ききった喉を潤す。液体が体内の管を流れていくのが分かる。空になるまで飲み干し、それをわざとらしく音を立てて捻り潰す。ふぅ、と息をつき、窓辺に置かれた時計を見る。隣に置かれた、光発電でゆらゆらと揺れる花の置物は楽し気な表情のまま固まっていた。どこか気味悪さを持つそれを一瞥し、私は立ち上がり、クローゼットへと手を伸ばす。いつも着回している服に袖を通す。冷蔵庫から取り出した一本の魚肉ソーセージを口にして私は玄関の扉を開ける。

 雨の降る日、血生臭さの中に漂う火薬のにおいを思い出す。あの日、迫りくる絶望から必死に逃げ惑っていた。地獄とも呼べるその地から帰って来てからは、この島で平穏な暮らしをしている。台風が近づいている影響で海は時化ており、海釣りをする人はもちろん居らず、波止場に止められていた船さえも今日は陸にある。

家から数分歩くと、島に唯一の肉屋が見えてくる。何かを訴えかけているように、おろされたシャッターが音を立てている。

 「今日は居ないのかな」

 いつも決まってここに来る、母親を失くした小さな子。晴れた日には、この肉屋の前で太陽を浴びている。肉を買いにきた人には身体をすり寄り、食べ物を催促する。

 別にその子がどうなったとしても、何かあるわけでもない。親の顔も知らなければ、名前も知らない。そんなやつ、放っておいても罰は当たらない。

 少し辺りを見渡すが、やっぱり居ない。少し溜めた息を漏らし、踵を返したその時、後ろから呼ぶ声が聞こえた。期待していたわけでもないのに、心が少しざわめいた。振り返るとそこには、全身が濡れ、普段よりも痩せて見えるその子が立っていた。こちらがしゃがみこむと、あちらは勢いよく駆け寄ってきた。手に持っていた、食べかけの魚肉ソーセージを少しやると、一心不乱に頬張っている。なぜここまでしてやらなければいけないのか。さっきも言ったが、別にこいつに尽くす必要はない。放っておいても、見なかったことにしても、それでいい。それでも、何か、これまでのことを償う機会が欲しい。「見殺しには出来ない」だなんて、何人かを葬ってきた立場で言えることではない。でも、それでも――。

 「お前、家来るか?」

 発したその言葉に答えるように、小さなその子は「にゃあ」と鳴いた。

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