第29話 秋の祭り(5)
顔に痣のある男は、じりじりと足ずさりした。
「な、なんなんだ……こいつらは……!?」
ナイフの柄を素手で粉砕する人間は尋常ではないし、燃える花火を素手でつかんで導火線を切り落とす人間もどうかしている。どっちも素手でやることではないだろう。
この教会にもとっとと侵入して、さくっとずらかる寸法だったのに。
どうしてこんな常軌を逸した連中に挟まれているのか、状況がよく理解できなかった。
「くそっ! おまえが足の付くようなミスをしやがったからだ!」
いら立ちまぎれに、手下の男を蹴りつける。
腹の虫が治まらずに、さらに腹を殴ろうとした男の拳を、アレクシアが手首をつかんで止めた。
「ぐっ……あああ!」
つかまれた手首がみしみしと痛んで、男は思わず叫んだ。骨が折れると思うほどの怪力で、反撃するどころか振りほどくこともできない。
「花火を盗んで爆発させるとはな。危うく事故になる寸前だった。どれほど危険なことをしたかわかっているのか?」
「……おいおい、言いがかりはやめろよ」
「花火? 盗んだ? なんの話だ?」
男たちはこめかみを引きつらせて、すっとぼけた。
盗み出した花火を
「このまま来てもらう。この手から、火薬を扱った硝煙反応が出るはずだ」
花火には硝酸と硫黄などを混合した火薬が詰められている。無断で持ち出したのがこの男なら、手や着衣に硝酸の残滓が付着しているはずだ。
男たちはあわてふためきながらアレクシアに取りすがった。
「お、おい、待て!」
「待ってくれ! 俺達はこの国の民じゃない!」
「テュルキスの者か?」
尋ねたアレクシアに、男たちは大きくうなずいた。
「そうだ。俺達はテュルキスの国民だ!」
テュルキスはリートベルク領と国境を接する隣国であり、大陸有数の大国でもある。
二十数年前の終戦以来、ペルレス王国とテュルキス王国は和平調停を取り交わした。
しかし表向きは友好的な関係を維持していても、内々では
「俺たちを拘束して、冤罪だったらどうする気だ?」
「おまえみたいな青二才の小僧に責任が取れんのかぁ? 国際問題になっても知らないぜ?」
へらへらと笑う男たちは、最初からそのつもりだったのだろう。国境を挟んだ隣国の祭りに観光客に扮して紛れ込み、金品を奪ってすぐに母国へと逃げ込む。
いくら目と鼻の先であっても、国境を越えてしまえば、他国の捜査権や裁判権は及ばない。
「この地方には今、領主がいないんだってなぁ? 俺たちを司法に訴え出るような権限が、おまえらごときにあんのかよ?」
リートベルクを治める辺境伯は今、長期の視察に赴いていて不在だ。
現在のリートベルク領は主君と、彼に同行した肝煎りの部下たちとを欠いている。男たちはその手薄といっていい状況を狙ったのだ。
これまでは剛腕で知られる当代の辺境伯の存在が、犯罪の抑止力になっていたということでもある。
「どうしても俺らを捕まえるっていうんなら、辺境伯サマでも連れて来いよ。ま、いないんだろうけどな」
「そうか」
アレクシアは答えると、片手でさっと帽子を取った。長い黒髪がこぼれて、さらりと秋の風に流れる。
「私が辺境伯代理だ」
「はぁ!? 女!?」
男たちはそろって目をひん剥いた。
アレクシアの胸元に光る銀鎖の先には、城に掲揚されている旗と同じ印の入った指輪。リートベルクの紋章だ。
「ふざけるな! 辺境伯は今、不在だと……」
「不在だ。だから代理だと言っただろう」
「なっ……!」
「ま、待てって、だから俺たちはテュルキスの……」
「テュルキス国王とは隣国の
「は……? 国王……?」
雲の上の貴人の話に、男たちは視線をさまよわせ、声にならない悲鳴をあげる。
「リートベルク辺境伯の権をもって、おまえたちを勾留する」
アレクシアが告げるやいなや、大きな黒い影が一斉に現れて男たちを取り囲んだ。
ニコラウス団長率いる、リートベルク騎士団の騎士たちだ。
「さ、山賊……!?」
男たちは震え上がった。
筋肉の塊といっても過言ではないほどたくましい騎士たちは、強そうを通り越して凶悪そうな風体をしている。
「誰が山賊だコラァ」
「由緒正しきリートベルクの騎士に何言ってんだオラァ」
「身ぐるみ剥がして骨までしゃぶって山に埋めんぞクソ野郎がァ」
騎士のユリウスとクラウスとマリウスが、太い指をボキボキと鳴らして威圧する。
三人が三人とも迫力のあるスカーフェイスな上、騎士団の制服がめくれた素肌に浮かぶのは、ゴリッゴリのゴツいタトゥー。
「山賊じゃねぇか!!」
わめく男たちに構うことなく、ユリウスとクラウスとマリウスはたくましい大腿四頭筋でがっちりと彼らを絡めとると、軽々と肩に担ぎ上げた。
一応は正式な騎士による正当な連行なのだが、はた目には野盗の一味による人身売買の現場にも見える。
「お嬢様、お怪我は」
「ない。……が」
敬礼の姿勢を取る団長のニコラウスに、アレクシアはそっと目配せした。
「お父様が不在なことで足元を見られているらしい。私ももっと恐れられなくてはならないな」
「もう充分ですよ……」
小声でぼやきながら、ニコラウスはごきごきと肩を鳴らした。先日、練武場での鍛錬中にアレクシアから強烈な一太刀を浴びせられた場所だ。先端を潰して威力を落とした練習用の剣だったが、まだ痛みが治まらない。
すでに令嬢の範疇を越えた強さなのに、これ以上腕を上げられたら騎士の面目が立たない──とニコラウスは閉口した。
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