第28話 秋の祭り(4)

 教会に当たりをつけて、二人を丘を一気に駆け上がった。


 アレクシアは野生動物かと思うほど足が速いが、ルカも毎日熱心に鍛えているかいがあって、遅れずについていくことができた。やっててよかった騎士との訓練。


 疾走しながらも少しも切れない平静な声で、アレクシアは花火玉の構造について手短に説明してくれる。


「花火の表面は特殊な紙と糸とを張り合わせた、玉皮と呼ばれる皮に覆われている。中身は芯に沿って、色や光を発するための火薬と、玉皮を割るための火薬が詰め込まれている」

「はい」

「表面と中身は導火線によって繋がっているのだが、もしも導火線に点火したとしても、火が玉皮に燃え移るまでは爆発しない」


──水で消火するか、線を切って火を断てば爆破を防げる、とアレクシアは言った。


「とはいえ、導火線に火が点いたなら近づくな。逃げろ。逃げて自分の身を守れ」

「わかりました」


 やがて丘の上に建つ白亜の教会が、傾きかけた日に照らされながら目前に迫ってくる。


 二人は何も言わずとも、日の落ちる方角に道を折れた。教会の入り口は西側にあると決まっているからだ。

 

 教会の周辺は、祭りの熱気に包まれる街の中に比べればずっと閑散としていた。


 特に教会で催しがあるわけではないから、わずかな数の村人が祈りを捧げに来ているだけだ。


 警備についている衛兵は、扉の左右に一人ずつ。

 にぎわう村の様子を羨ましそうに見下ろしながら、衛兵の一人がのんびりとあくびを噛み殺した時だった。


 教会の裏手で、目もくらむほどのまぶしい閃光がほとばしった。

 同時に炸裂したのは、耳が傷むような爆発音。

 

「な、なんだ!? 今の光と音は!?」

「爆弾だ!」


 誰ともなく叫んだ声に、あたりは騒然となった。


「爆弾がしかけられているんだ!」

「みんな、外へ! 早く外へ避難しろ!」


 悲鳴を聞いて、中にいた数人の村人が、あわてふためきながら次々と外へまろび出てきた。


 腰の曲がった老爺が、よろよろとまごつきながら階段に倒れ込んだ。


 兵士の一人は老人の肩を支えて一緒に階段を降り、もう一人の兵士は他の村人たちを守りながら安全な場所へと誘導していく。

 

 彼らを横目に、ルカとアレクシアは教会の中に押し入った。

 

 教会の天井は優美なアーチ型を描いていた。中央には緋色の毛氈もうせんがまっすぐに敷かれ、左右に花を飾った長椅子が並んでいる。


 通路よりも一段高くなった場所に、荘厳な祭壇が置かれていた。祭壇の中央には神を示す聖印。その右にはペルレス王家の紋章が、左にはリートベルク家の家紋が彫り込まれている。


 頭上を見上げれば、あかり取りの役目を兼ねた、見事な意匠のステンドグラス。

 

 教会は扉側が西で、奥は東と相場が決まっているのだが、それはこのあかり取りにもあるのかもしれない。


 もしも東雲しののめの時刻にこの教会を訪れたなら、さしこむ朝日がステンドグラスを通して放射状に伸び、まるで天空から光が降ってくるかのように神々しいことだろう。


 しかし、今はそんな想像をしている余裕はない。


 二人が祭壇の前に駆けつけた時。

 まさに追っていた男たちが祭壇に土足で足をかけ、置かれていた銀の燭台に手を伸ばそうとしているところだった。


「──そこまでだ」

 

 厳しい声音を浴びせられて、男たちはその場にたたらを踏んだ。


 冷や汗を浮かべながら振り返ったのは、先ほど「爆弾だ」と叫んだ男だ。

 

「な、なんだ。小僧……」

「なぜ教会の中に戻る?」


 アレクシアは彼らの行く手に立ちはだかると、静かに尋ねた。


「外に逃げるようにと呼びかけたのはおまえだろう。それなのになぜ、自分は中へ入った?」

「な、中に犯人がいるかもしれないだろう? つ、捕まえて、突き出してやろうと思っ……」

「そうか。では、まずは別件から話を聞かせてもらおうか」


 男の言い訳をまったく信じていない、冷ややかな声音でアレクシアは言うと、もう一人の下っ端らしい男を示した。


「そこの者が村の少女から金を盗んだはずだ。あらためさせてもらう」

「金? 知らねぇなぁ。こいつがやったっていう証拠でもあるのか?」

「これは捨てられていたものだが」

 

 アレクシアが取り出したのは、村の少女が手持ちの硬貨を入れて持ち歩いていた巾着だった。中身を抜かれて物影に捨てられていたところを、先ほど見つけて回収しておいたのだ。

 

「紐部分が鋭利な刃物で切られている。ナイフか何かを持っているな?」

 

 指摘されて、顔に痣のある男はチッと舌を打った。


 刃物の種類によって、切断面も変わる。手持ちのナイフを調べられたら、刃渡りが紐の切り口と一致することが露見してしまうだろう。

 

「だから、つまんねぇことすんなって言ったろうが!」


 痣の男は怒鳴って、おどおどと身をすくめる下っ端の男を蹴りつけた。


 蹴られてよろめきながら、下っ端の男はふところに左手をさし込んだ。窃盗に使用した凶器のナイフをぎらりと閃かせ、勢いをつけてアレクシアに突進する。

 

「死ねッ!」

 

 アレクシアは太刀筋をかわすことすらせずに、片手で男の手首をつかんで止めた。もう片方の手でナイフを奪い取り、木製の持ち手を強くにぎると、素手で粉々に粉砕する。


「ひッ!」

「なんだこいつ! 化け物か!」

 

 ぱらぱらと木屑が落ちるのを見て、男たちは戦慄した。


「なるほど、左利きか。ルカの推測は正しかったな」


 男の利き手と、ナイフの刃の向きを冷静に確認して、アレクシアは感心したように言球た。


「くそッ! 放せこの小僧ッ!」


 じたばたと暴れる弟分に背を向けて、顔に痣のある男はへっぴり腰で後退する。服の中をがさごそと物色したかと思うと、隠し持っていたものを取り出して目の前の燭台に押しつけた。威嚇するような怒鳴り声とともに、何かを力の限りに放り投げる。


 たちまち火の匂いがたちこめて、アレクシアは刮目した。

 

「……もう一つ、持っていたのか!」

 

 球形をした花火が教会の石畳に落ちる。にわかに焦げ付くような臭いを噴き上げながら、緋毛氈ひもうせんの上をころころと転がっていく。

 

(着火した!)


 点けられた火が、紐のような導火線をみるみる燃やして縮めていく。焦げ臭い煙を発しながら、玉皮の内側に向かって急速に燃焼していく。


「アレクシア様!」


 はじかれたように飛び出したのはルカだった。先ほどのアレクシアの説明を、もう一度頭の中で再生する。


『もしも導火線に点火したとしても、火が玉皮に燃え移るまでは爆発しない。水で消火するか、線を切って火を断てば爆破を防げる』


 とはいえ、とアレクシアは言っていた。──火が点いていたら近づくな。逃げて自分の身を守れ、と。


(……逃げるわけ、ない!)

  

 ルカは足を止めなかった。


 水は近くにない。教会の外には小さな噴水が湧いていたが、とてもそこまで運んでいる暇もない。水で消せないのなら、残る手段は一つだ。


(線を切って……火を断てば……!)


 頭は不思議と冷静だった。


 この場で火薬が爆発すれば、自分だけでなくアレクシアも巻き込まれる。この美しい教会も損壊は免れないだろう。


──自分の身を守れ、とアレクシアはルカに言った。だが、自分の身よりも守りたいものがある。


「そのナイフを貸してください!」

 

 この場にある刃物は、男が窃盗に使用した左利き用のナイフだけだ。


 ルカは刃渡りだけのナイフをためらいもなくにぎると、転がる花火の上に覆いかぶさった。


 一瞬のミスも、一秒のロスも許されない。


 ルカは高温を発する花火を片手で押さえつける。反対の手でナイフを一閃させて、導火線の根元をかき切った。


 ごく短くなった細い線が、燃え移る寸前だった玉皮と切り離されて、落ちた石畳の上でぐずぐずとくすぶる。


「……間に合……った」

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