第7話 二人の部屋と告白
(二人の部屋と告白)
フロントまで行くと、今日は満室だと告げられた。
ただ、ペントハウスだけが空いているという。
このホテルの最上階、高級ホテルでいえばスイートルームということになるだろう。
彼女は三時までと言っていた。他のホテルを探している暇はないだろう。
「ペントハウスでお願いします」
僕の一か月分の給料が一瞬で消えてしまう値段だ。
僕は鍵をもらって彼女とエレベーターに乗った。
最上階は、別世界だった。ガラス張りの入り口を入ると、屋上庭園が広がっていた。
その中にサンルームを思わせるようなガラス張りの広いリビングがあり、まるで外にいる気分だった。
そして大きなソファー、バーカウンターと備え付けられていて、その奥に四方壁で仕切られているベットルームがあった。
「まあー、きれいなお部屋っ!」
彼女はそう言って、入るなり、すぐさま、体をくの字に曲げてワンピースをまくり上げて、裾の部分から頭を出して、そのまま服を床に落とした。その落とした手をパンツにかけて膝まで下ろし、またぐように、その場に脱ぎ捨てた。彼女は、たった二枚しか身に着けていなかった。
「ワンピース好きなんですねー」
僕は、裸の彼女を前にして、さりげなくその話題を避けた。
「わかりますー! 着るのも脱ぐのも簡単でいいじゃないですか。それに体を締め付けないし、夏なんか裾から風が上がってきたりすると、とても気持ちがいいんですのよ。私、パジャマもワンピースなんです。それで、寝るときはパンツもなしで寝ますの」
「そうなんですか、僕はまた何も着ないで、寝ているかと思いました」
「そんな、パジャマくらい着ますわー」
そう言って笑いながら、昨日剃った恥丘あたりを一度撫ぜて確かめると、ソファーに向かって腰を掛けた。
「こちらにいらして……」
僕は言われるまま、彼女の前に立つと、彼女は両足を上げてソファーの上にのせて、股を広げた。
「見てみて、綺麗に剃れているでしょうー」
僕はその場にしゃがみこんで、股の間を覗いた。
「触ってみてもいいですわよ。つるつるでしょうー」
僕は、言われるまま、お腹あたりを撫でた。
彼女は、僕が触りにくそうにしているのをみると、ソファーの上でくるりと回って仰向けになって寝ころび、片足を床に落として股を少し広げた。
僕は膝まづいて、もい一度お腹から恥丘と撫でた。
「やっぱり、丁字型の剃刀で剃るんですか?」
僕はこみ上げてくる欲情を抑えるように、その話から離れた話題を選んだ。
「いいえ、市販で売っているような安全剃刀では切れ味が良すぎて駄目なんです。上手に刃を皮膚に当てないように剃っていても、角度によっては、どうしても皮膚まで削ってしまうんです。
だって、安全剃刀のお腹ってせまいじゃーあないですか。それにプラスチックですしね、気持ちよくないんですのよ。だから私の使うのは理容師が使うような剃刀ですの。砥石で肌を削らない、ちょうど良い角度をつけて研ぐんですのよ」
それだけ言うと、彼女は大きくあくびをした。
「それは難しそうですねー」
「今、何時かしら……」
彼女は手を口に当てて、もう一度あくびをした。
「1時半ですよ」
僕は壁掛け時計を見て言った。
「あら、もうそんな時間ですのね。どおりで眠くなってきましたわ。私、この時間、お昼寝するんです」
彼女は、僕を忘れたかのようにソファーから立ち上がり、裸のままベットルームに入って行った。
僕は急いで、クローゼットを開けて服を全部脱いでガウンをまとった。
そこでふと、クローゼットの鏡に映った自分の顔を見て驚いた。
「まるで、ひげだるま……」
そういえば、まる五日、お風呂にも入らず、ひげすら剃っていなかった。
これでは彼女と一緒に寝るわけにはいかない。
慌てて、バスルームに入り、ひげを剃ってシャワーを浴びて、小奇麗になったところで、ベットルームに入った。
彼女は仰向けで、首まで薄い掛け布団をかけて、すやすやと寝ていた。
お昼寝の時間と言っていたのは、僕をベットに誘う言葉ではなく、本当にお昼寝だったんだね。
僕はベットルームのソファに座って、気持ちよさそうに眠っている君を眺めながら考えていたよ。
彼女は、本当に剃った後を見せたかっただけなのか、僕のことをどんなふうに思っているのか、それとも男と女を知らないのか、わからなくなってきた。
例え僕でなくても、誰でもホテルに行ってしまうような子なのか?
それでいて、すぐに裸で寝てしまう子。まったくわからない?
そんなことを考えていると、疲れ切った僕の体も、いつしか眠り込んでしまっていた。
「大変、もうこんな時間!」
彼女の大きな声で、僕も目が覚めた。
時計を見ると、もう三時を回っていた。
「すみません。僕も寝てしまって……」
「いえ、とても楽しかったですわ。私、これから面接ですの。また、病院で働こうと思いまして」
彼女は、ベットから飛び起きると、慌てて服を着て、そのまま出て行ってしまった。
僕は面接が終われば、また戻ってきてくれるかと思って待っていたが、彼女は来なかった。
ホテルで待っているよと、電話したくても電話番号さえ知らない。
まだ出会って三回めだったからだ。
彼女にとって、僕は通りすがりのただの男だったのかもしれない。
そして、四回目の出会いは、病院で君の看護士姿を見たときだった。
僕は君を捕まえて迷わず告白したよ。
それで一刻も早く結婚したかった。
君を病院に置いておくには、余りにも危険すぎると思ったからだ。
また知らない男とホテルで裸になっていないかと……
僕は心配で心配で仕事が手につかなかったよ。
「あら、私でいいかしら……」
君は、笑いながら言ったね。
「君のことが頭から離れなくて、仕事が手につかないんだ」
僕は悩める中学生のように、告白したんだ。
「あなた、運がいいですわ。私、ちょうど子犬でも飼おうかと思っていたんですのよ。お母さん死んじゃったし、一人の家が寂しかったから。でも昼間、お仕事でしょう。ちゃんと飼えるか心配でした」
君は、話している間も、まるで他人事のように笑いどうしだったね。
僕は真面目に真剣に話していたのに……
きっと僕の顔は緊張して引きつっていたと思うよ。
「そんな心配は要らないよ。君は家にいて、ずっと子犬の世話をしているといいよ。こう見えても僕の給料はそんなに安くないから……」
「それなら、また病院を辞めないといけませんわね」
僕は、途中から告白しているのか、子犬を飼う相談をしているのか、わからなくなったよ。
それよりも、君は結婚という言葉を理解しているのか心配だった。
でも、それから間もなく、大安吉日。僕は子犬のように、君の家に転がり込んだ。
君は、広い庭付きの大きな家の持ち主で、そして由緒正しき向井家最後の頭首だったんだね。
それで、新婚生活も落ち着いたころ、僕は「子犬、飼おうか?」と訊くと……
「あら私、もう素敵な旦那様を飼っていますわ」
この時、僕は初めて少しは愛されていることを知ったよ。
子犬の代わりに……
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