第9話 運命


「マジごめん。うつしたと思うわ」

「そっか。まぁ、仕方ないだろ。気にすんなよ」

「おお、持つべきものは友だな。ありがとう」

「ん。お大事に」


 数日前、カラオケへ行った。その時に一緒だった太郎が、巷で話題の感染症になったという。声や喋り方からして、だいぶ辛そう。差し入れでもしてやった方がいいかもしれない。

 ふらふらとスーパーへ行き、調子が悪い時に良さそうなものをポンポンとカゴに放り込む。スポドリはマスト、プリンとかいいよね。あとは、アイス……だけど、持って行くまでに溶けそうだから、ここで買うのはやめておくか。

 冷却シートとか、いるだろうか。

 ああ、そうだ。のど飴とかそういうヤツ。あんなの、治ってからでもボリボリ食べられるんだし、いくらあってもいいだろう。

 おっと、栄養ドリンク的なものもあった方がいいかもしれない。

 寝込んだ太郎を思いながら、悩みに悩んで選んだ、袋いっぱいの差し入れ。これに加えて、太郎の家の近くでアイスを買えば、完璧だ。

 あいつのことだから、対面で受け取りなんてしたがらないだろうな。

 玄関のところに置いておいて、後で取ってくれよっていうのがベストか?

 かっこよさを重視するなら、モノを置いてから「差し入れ置いておいたぜ。貰ってくれ。早く元気になるんだぞ」的なメッセージを送るのがいいだろう。

 が、別に片思いしてる相手でもなんでもなく、ただの大切な友だちなわけで。かっこつける必要なんてないか。

 ――今、お前ん家に向かってるところ。いろいろ差し入れ持ってくわ。

 ――マジ?

 ――玄関のとこに置いとく。また連絡する。

 ――うわー、ありがとう。俺、マジ幸せ者だわ。

 突然、背中に何かが走った感覚。

 ゾワワって、冷たくてピリピリした何かが。

 もしかして、意識してる? 太郎を?

 首をブンブン振った。

 そんなはずない。オレの恋愛対象は女だし、今いちばん好きなのは、太郎の彼女の花子ちゃんだ。まぁ、片想いだけど。

 当たり前か。

 太郎の家まで、あと信号三つ。

 ここらでアイスを買っておくか。

 ソーダ系、バニラ系、フルーツ系と、多種多様なアイスを買い込む。「あざっしたー」というやる気のない声に送られながら、外へ出ると、体がブルブルっと震えた。

 少し、さっきの感覚に似てる。

 いいや、だから――オレが好きなのは、花子ちゃんの方だから。

 再び歩きはじめた。道中、幾度か起こる体の異変について考えた。

 これはなんなのだ? もしや、武者震い? いまの太郎なら倒せるぞと、花子ちゃんを手に入れる大チャンスだぞ、とでも思っているのか? オレの深層心理は。

 ガクッと膝が崩れた。

 なんてクソ野郎なのだ。友の体の心配をしているように見せかけて、友から大切なモノを奪おうとしているのか。

 ああ、こんなクソ野郎からの差し入れなど、貰っても嬉しくないだろうなぁ。

 しかし、準備してしまったし。

 これは餞別ということで、受け取ってもらうか。

 そうしよう。押し付けて、それから今までありがとうと言おう。いや、弱っている時にそんな構ってちゃんみたいなこと、されたら困るよな。

 とりあえず、今日のところは差し入れを押し付けて、かっこつけるだけかっこつけておくか。

 ――もうすぐつくよ。

 ――メリーさんかよ。

 ――なんだ、元気そうだな。

 ――薬飲んだばっかりだからかな。

 メッセージでやり取りをしているうち、太郎の家の前まできた。

 なぜか、足が震えだした。

 手をグッと握りしめる。

 何にも気づいていないフリをしろ。差し入れをしにきた友だち想いの人間を装え。

 太郎の部屋は三階にある。ぐっと踏み締め一歩一歩のぼる。踊り場で不思議と息が切れた。ドキドキする。胸が痛い。

 普通にのぼる時と比べ倍以上の時間がかかったが、なんとかのぼり切る。

 今日のオレは、ハリウッド俳優だ。

 病床に伏せしこれから〝元〟がつくのだろう現友に、別れの愛を届けるのだ。

 ――今、玄関の前にいる。

 ――ありがとう。

 ――置いておくから。アイスもある。

 ――マジか。ありがとう。うつすといけないから、少ししたら取るわ。アイスが溶けないうちに。


 ああ、目の前がグルグルする。

 太郎とは、じぃさんになっても友だちだと思ってたんだけどな。オレが花子ちゃんのことを好きにならなかったら、じぃさんになっても一緒にいられたかな。


「……おい」

「花子ちゃん……」

「はぁ?」

「花子ちゃんはなんで太郎を選んだの? 太郎じゃなかったら……」


 気づいたら、オレは病院のベッドの上にいた。

 スマホを手に取り通知を確認すると、太郎からのメッセージが何通も届いていた。

 どのようにしてここへ連れてこられたのかは分からないが、とにかく〝持つべきものは友〟だと思った。

 嬉しくて、涙が出る。


 ――俺にうつしたの、お前じゃん。

 ――花子に近づいたらぶん殴る。


 凍てついたメッセージが溢れている。

 一週間前から体調不良だったのに、遊びに付き合い差し入れをした友だちに向かって、なんと失礼な。


 元々、友ではなくなる運命だったんだな。

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