第7話 変身
うわぁ、イニシャルGが死んでる。轢き殺されたんだか、叩き潰されたんだか知らないけど、死んでる。
アイツが生きてカサカサ動いている時は、「死ねぇ!」と思うけれど、いざ死んでくださると、なんだか少し悲しくなる。
「なんまいだーなんまいだー」
亡骸をそのままにして、私はその場を去った。
それから数十メートルして、私はまた、イニシャルGの亡骸に出会った。「なんまいだーなんまいだー」と唱えながら、その脇を通る。ジィっと見た。足が止まった。
「なんだよ。お前、枯葉かよ」
イニシャルGに擬態した、というわけではあるまい。たまたまイニシャルG風の色形の葉がそこにハラリと落ちていた。ただそれだけのことなのだ。
しかし、何か変だ。何かを感じる。この、役目を終えてカサカサになって散った葉から、何かを――。
ハッ。もしや、この葉はイニシャルGの魂で、私に何かを伝えようとしている? 例えば、「せめて埋葬しておくれよぅ」と私に願うために、ここで私を足止めしたのか?
「わかった、わかった。君の想いを受け止めた。私に任せておくれよ」
『ママぁ、あのおにーちゃん、葉っぱに話しかけてる!』
『シッ! 見ちゃだめよ! ……あ、あはははは』
フッ。少々失礼なことを言われたようだが、私は気にしない。凡人にはこの葉が命なきものの魂であることなど、分からないのだろう。分からないことは、人に恐怖をもたらすものだからな。仕方のない反応だったのだ。
親子を慈愛に満ちた目で見送り、私は再び歩き出した。
魂の声には必ず応えよう。
けれど今日の外出の目的は、交際相手に頼まれたなんちゃらスイーツと、ついでに何かを買うことなのである。
よって、魂の救済はもろもろの用を済ませてからにしたい。
さて、いつものコンビニへ行くも、なんちゃらスイーツが見つからない。はて、どうしてここにないのやら、と思考の海に溺れていると、菓子の神からのお告げがあった。
「そうか、この店にはないのか。クソ」
『パパぁ、あのおにーちゃん……』
男親の方が動きが速いのか? 問題がありそうな発言をさせぬ間に撤退を選ぶとは。
いや、もしやイニシャルGの埋葬任務を仰せつかったことに勘付かれた? 私よりも先にそれをするために急いでいるのか?
それはいかん!
どうせ目的のなんちゃらスイーツがない店になど用はないのだ。父子を追いかけ外へ出ると、バン、バンと大きな音が二度鳴った。父が追われている泥棒の如く、車のドアを急ぎ閉めたのだ。ブロロン、とエンジンがスタートし、左右の確認をしっかりしたのか疑問に思うほど素早く走り出した。
リアウィンドウから、少年がこちらを見ている。
おい、お前。シートベルトしねぇと死ぬぞ?
てめぇの父ちゃんがこのあと改心して安全運転したとしても、どこかの誰かに猪みてぇに突進されたら鉄の塊に叩き潰されてジ・エンドだぞ?
こっちに手を振ってねぇで、ちゃっちゃと締めろ!
念じていたら、運転席からのびた手が少年の頭をバコン、と叩いた。
それから、少年の姿は見えなくなった。
私のお告げが届いた?
おお、私は今、神になっているのかもしれない。
父子が車で移動をしているということは、それ即ちイニシャルGの埋葬任務を仰せつかっていないと言っていい。
亡骸も魂も、歩道の上で泣いていた。
車が歩道を爆走しない限り、動体視力が人間離れしていない限り、その存在に気づくことも、聲を聴くこともないだろう。
……ん? 待てよ?
よもやあの父は、イニシャルGを轢き殺した犯人なのではあるまいか?
そして、その犯人と私を接触させたのは――G!
待っていてくれ、今すぐ行くよ。
君の魂を天へ導きに!
「んー? えっとね、コンビニ来たけど売ってなくて。だから……うん。……はーい。行ってくる」
くそぅ、女神からのお告げが、イニシャルGの救済を邪魔する!
仕方なし、私は駆けた。
さっさと捕えられろ、なんちゃらスイーツ!
お前のせいで困っている魂があるんだよ!
超速で街をカサカサと駆け回り、なんちゃらスイーツとアメリカンドッグを手に入れ、魂の元へ向かうため、遠回りをした。
「待っててくれたかぁ。ありがとう」
唐突に、穢れた手で直接触ってはならない! との最高神の声。私はアメリカンドッグを急ぎ平らげると、包み紙を用いて救済した。串を墓標に、「なんまいだー、なんまいだー」
良いことをした後というのは気分がいい。
スキップをしながら家路を急ぐ。
「ったく、スイーツ買ってきてって言っただけなのに、何分かかんのよ!」
「ごめんよぅ」
「んで? 自分は家まで我慢できずに買い食いしてきましたと?」
「いや、これは致し方がないことだったんだ。魂を救済するためには、こうするしかなくて」
道中出会ったものよりも、鋭い視線が私を刺す。
「ほんと、あんたって予測不能だわ。なんなの? 魂の救済って。自分は神か何かとでも? んなわけねぇだろ!」
女神が私を丸めた新聞紙で殴った。
「これって……婿にしてくれるってこと?」
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