第5話 肝試し


 マジでこういうの好きじゃないんですけど。

 だいたい、やるにしたって夏じゃない?

 なんだから真冬に肝試しなんてしないといけないわけ?

 口からピューと吐き出した息は、白く揺らめき、風に乗って空気に溶ける。頬が痛い。きっと赤い。外は暗い。


 空き家で肝試ししようぜ、と誘われた時、私は少しも気が乗らなかった。

 もともと他人様の建物に勝手に入ることに抵抗があるし、つい先日、同じように空き家で肝試しをしていたらしい集団が警察に捕まったというニュースを見た、というのも私のテンションをがくんと下げる要因だった。

 足取りが重い私の手を引くコジロウは、太陽のように眩しい笑顔で「ヘーキヘーキ!」と言う。コイツ、お化けが出てきても怖がらなさそう。「あ、どうも。こんばんは~」とか言って、世間話でもし始めそう。それでもって、隣でガクガクと震える私を、普通の人がお化けを見るみたいな目で見そう。

 思考がどんどん歪んで、ひねくれていく。私はそんな人間じゃないと思うけどな。肝試しが、私の肝をねじ曲げる。

 ああ、肝試しって、そういう意味だったのか。肝にプレッシャーをかけてもねじ曲がらないかっていう、品質チェック方法だったのか。

 ははは。


「着いたー!」

「え、これ……普通に空き家じゃないっしょ?」

「はぁ?」

「いや、別荘だよ、これ」

「いや、誰も居ないんだから空き家だよ」

「いや、誰も居ないけど、シーズンじゃないからってだけでしょ」

「誰も居ないんだから、空き家なの!」

 どうして今、私はキレられたのだろう。

 私が間違っているのか?

 いいや、そんなはずはない。

 私は常識的、コイツは非常識……だよな?

 違う?

 胸を張ろうとするも、自信がグラグラと揺らぐ。

 ……私がおかしいの?

 コジロウはズカズカと進む。私はズルズルと引きずられる。

「お化け、いるんだよね?」

 お化けに会いたいだなんて、少しも思わない。けれど、こうなってしまったら、お化けがいてくれないと困る。このままではただの不法侵入者。せめて肝試しという言い訳が欲しい。そんな理由ガキくさいし、許してもらえるだなんて思わない。それでも、土下座に添えるトッピングとしてのお化けが欲しい。


 お化けを求めると、肝試しの質が変わった。

 出るかなぁ、ではなく、出てこい、と思うと、夕闇の中、お前は猫か! と自分で自分にツッコミを入れたくなるくらい、目がバキバキになる。

 どんなにちっちゃなお化けだって見逃さないんだから!

 ああ、でも、実際に見つけた時には、悲鳴をあげながら爆速で逃げるんで。そこんとこ、よろしく。

「あ、ちがう、ちがうってば!」

 突然、コジロウが慌てふためいた。

 虚空に向かって手を伸ばし、「今じゃない、今じゃないから」

 小声で叫ぶ、というとなんやらむず痒い感じがするが、いや、まさにそんな感じなのだ。語彙力なくてごめんね。

「どうしたの? まさか、出たの? お化け!」

 出てこい、お化け! コジロウの前にだけ現れるなんて、卑怯だ!

 あれ、こういうのって、日頃の行いとか、影響するかな。もっと徳を積んでたら、会えるのかな。ううん、違う。私、コジロウよりも徳を積んでる自信あるもん。わかった! 徳を積んでるから会えないんだ!

「……っ! なにすんだよ! なんで叩かれなきゃいけないんだよ! そんなに怖いのか? おい、おい!」

 私はポカスカとコジロウを叩き続けた。

 積み上げた徳よ、消えてなくなれ!

 私の目にも映れ、お化け!

「あー! 痛い、痛い!」

 コジロウがバタバタと暴れると、どこかで何かが落ちる音がした。

 私はコジロウの手を引っ張って、ズルズルと引きずりながらズカズカと、音がした方へ歩みを進めた。

「そっちはまだ、ダメなんだってばぁ!」

「……わぁぁぁ!」

「もぉぉぉ!」

 でた! お化けだ!

「あ、どうも。こんばんは〜」

『ギャーッ』

 やっば! お化け、喋ったんですけど!

 ちょっとインタビューさせて? この後きっと警察へ行くことになるから、その時お巡りさんに言うの。お化けとこんな話をしましたって言うの。

 お化けとの距離、三メートルってところだろうか。

 これ、ワンチャン触れるのでは?

 お化けってさ、本当に触れないのかな? 触ろうとしたら、手がすぅってなるのかな?

 大きく一歩踏み出して、手を伸ばす。

「ギャーッ!」

「ったく、何だよ!」

「コジロウ! ヤバい! このお化け、生きてる!」

「ハァ?」

 触れた! お化けに触れられた! なんか、生きてるみたいにあったかかった。

 瞬間、私の血の気が引いた。

 コジロウのことを蹴飛ばし押し倒し踏み潰して逃げ出した。

「待って、ちょっと!」

 コジロウ、ごめん。私、この場に居続けられるほど肝強くないや。

 パーン、パーン、と何かが弾ける音がする。

 外国語が飛び交ってる。

 ザワザワと、どこからか湧いた野次馬の声――いや、こっちこそ本物のお化けの声?

「まーじーでーむーりーっ!」

『ハッピーバースデー! ……って、なんで? なんで主役が走っていなくなっちゃうの? おーい、戻ってこーい!』


 

 

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