第4話 魔法の砂
何にもすることがないからって、ダラダラとひと気のない砂浜を歩いていたら、僕らは遠くに小瓶が流れ着いているのに気づいた。ボトルメールだったっけ? そういう、ちょっとメルヘンなヤツなんじゃないかって、だとしたら開けて読んで笑ってやろうって、話しながらそれに近づく。
と、それを間近で見た瞬間、皆の呼吸が揃った。
息を呑んだんだ。
なぜって、その小瓶の中に、紙切れなんかよりももっと心を掴むものが入っていたから。
あまりにも美しい粉。太陽の光を抱きしめて、キラキラと輝きを放つ、宝石のような砂が入っている。
「ヤベェ。これ、なんだろう」
「宝石のかけらとか」
「削った時のカスってこと?」
「宝石削ったカスって、こんななん?」
「知らん」
「だよな」
皆の視線は小瓶に集まり、そして、自分以外への誰かへと散っていく。
さて、この小瓶、どうしたものか。
綺麗っちゃ綺麗だけど、だからなんだって感じだな。
星砂が売り物になるんだから、この砂みたいな何かだって金になるんじゃねーの?
売る? 値段は?
これの価値がわからないと、値段のつけようがないよな。
砂の専門家に見てもらうとか?
どこにいんだよ、専門家――。
小瓶ひとつ見つけたら、暇はどこかへ飛んでいき、議論で忙しくなった。しかし、別に忙しくなろうとなどしていなかった僕らにとって、終着点を見つけられぬまま話が続いていくことは、心底面倒くさいことだった。
「わーかった! めちゃ高い値段つけて、フリマサイトで売る!」
「スタートはいくら?」
「三万!」
「やってみっか。でも、ぜってぇ売れねぇぞ」
「ふはははは!」
終着点をとらえれば、話はとんとん拍子で進む。
フリマサイトで売るならば、とにかく映えた写真を撮らなくては。と、その辺に転がっている貝殻を拾い集めて、小瓶の周りをそれで飾り、スワイプ、スワイプ、タップ。
「うぃー。出品完了」
どうせ売れないものを売りに出すという無駄な行動をしたという事実を、手元のそれらを通して見れば見るほど、ゲラゲラ笑えてくる。
「誰か買ったフリしろよ」
「なんでだよ」
腹を抱えて、笑い続ける。笑いすぎて、頬が痛い。
「……アーッ!」
「んだよ、急に叫ぶなよ」
「笑いすぎて壊れたんだよ」
「ヤベェ! 売れた!」
「「……ハァ!?」」
満ちていた笑いが、すっと引いた。
「ヤバい、三万!」
「山分けしようぜ」
「待て待て、キャンセルとかさ、クレームとかさ、そういうことされたら、この三万パーだぜ?」
「出品する時、なんて書いた?」
再び議論が忙しくなる。
「魔坂海岸で拾った小瓶って書いた」
「なんも間違ってねぇよな」
「嘘ついてないんだし、それで相手も納得して購入手続きしてんだからさ」
なんの砂かなんて、どうでもいい。
ちゃっちゃと取引を終えてしまえ。
よっしゃ、金、ゲットだぜ!
手に入れたほぼ三万を手に僕らはゲーセンへ行くと、小一時間でほとんどの金を溶かした。
ほぼ三万には見合わない収穫品を抱え、小腹満たしにファストフード店に入ると、いつもとなんら変わらない味がするポテトを口に放り込む。
ダラダラと咀嚼していると、隣から興味深い話が聞こえてきた。
『バレンタインジャンボ、買ったけど外れたわ〜。そういえば、当たった人がさ、「キラキラの砂とくじを一緒にしまっておいたら当たった」って呟いてたよ。魔坂海岸で拾ったヤツみたい。もし私がそれ拾ってたらさ、魔法の砂パワーで、今ごろ億万長者だったかもしれなくない?』
ハッとして、僕らは一斉にスマホを操作し始めた。
投稿を見る。
それにはゴツゴツした男の手と、見覚えのある小瓶と砂が写っていた。
クソ! 億万長者になり損ねた!
「どういうこと? あれ、魔人の遺灰だったの?」
「おい、殺すなよ」
トレーの上に残っていたものを口に詰め込み、急ぎ外へ出る。誰が何を言うでもないが、皆の足は砂浜へ向いた。
あれを再び見つけて、今度は三万よりもっと大きな額を手に入れるぞ!
道中、作業服を着た男とぶつかって、砂探しの話に花咲かせたせいだろう。完全に出遅れた。この前はひと気がなかった砂浜は、潮干狩り会場かのように人で溢れていた。
皆が億万長者の素を求めて、あちらこちらを歩き回り、そこらじゅう穴だらけにしている。
僕らもそれに加わって、砂だらけになりながら小瓶を探した。
皆、血眼になって探すが、誰も小瓶に出会えない。
途中から諦めが広がって、小瓶探しはゴミ拾いに変わった。皆が立ち去る頃には、砂浜は見違えるほど綺麗な、ゴミひとつない美しい姿になっていた。
悔しくも清々しい気持ちで家へ帰ると、数時間出かけていただけだというのに、まるで自分の家ではないかのように荒れ果てていた。
あちらこちらを見て回る。
「嘘だろ? ない、ない、ない!」
ゲームやレアカードがなくなっている!
幸い盗られなかったテレビをつけると、『高額当選? 魔法の砂を探す間に……連続空き巣犯を指名手配』という文字列が目に飛び込んできた。
「クソ! あの男じゃん!」
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