第3話 ミスコン


 あーあ。こんなんじゃ、第一印象最悪じゃん。

 朝寝坊しちゃって、ゼミの初めてのミーティングに遅れるー! って、焦って大学行ったらさ、キャミワンピ表裏逆に着てたんですけど。なんか下向いた拍子にちらっとタグが見えて、「やばぁ」って思ったらもう頭真っ白になっちゃって、真っ白な頭に色がつくとしたら「タグに気づかないでタグに気づかないでタグに気づかないで」ってそればっかりで、私じゃない私がギャーギャー言ってた。

 その結果どうなったかって?

 見事に「ヤバい人」認定された。入学式の時に一目惚れしちゃって「ゼミ一緒になりますように」って縁結びの神様のところにお願いしにいったりもしたくらいの、好みど真ん中なイケメン・大洗くんもいたんだけどなぁ。もったいなぁ。

 はぁ、ってひと目があるところではつけないため息をしにトイレに行ったら、また衝撃。

 どんだけ急いでたんだよって感じなんだけど、アイシャドウもリップも忘れてて、そのくせチークはバッチリ決まってんの。

 こんなヘンテコな顔晒すくらいなら、すっぴんの方がマシだったわ。

 はぁ〜あ。


 初回のゼミでしでかした私は、その後、普通の格好アンド普通のメイクをしていっても、「今日は普通だけど根はヤバい人」っていうイメージを脱ぎ捨てさせてもらえた気が少しもしなかった。変な奴って思われてるんだろうなって考えるほど、息苦しくて、隅っこでモジモジするばかり。それでもって、隅っこでモジモジしているような人が、かつて植え付けた印象を覆せるはずもない。

 気づいてるんだったら、モジモジするなって?

 頑張ったことはあるんだよ? でも、なんか、私のやり方が悪かったんだろうけど、「ヤバいヤツがヤバいヤツらしいことをしてる」みたいな目をされちゃってさ。それ以来、モジモジしてる方がマシかも、なんて思ってる。

 初手大失敗の私は、普通の人よりもずっとずっと、普通になるために努力をしなくちゃいけない。それくらい、第一印象って大事。マイナススタートはマジ最悪。

 

 これまで私が考えて実行に移した印象回復法は、ことごとく不発に終わった。から回ってばかり。繰り返すたびに挑戦意欲がさけるチーズみたいにピーピー裂けて減っていって、元々はどしーんって大黒柱みたいな塊だったはずなのに、今では立てないほどに細くなってへにゃ〜って首を垂れてる。

 もういいや。

 イケメンも何もかもどうでもいい。

 大学なんて、ゼミなんて、課題をこなせばそれでいいんだし。ちゃんとやることやってさえいれば、鼻くそほじってピッピと飛ばしたって構わないわけで。


 キラキラ輝いて見える春謳歌組をじとり見ながら、キーボードをカタカタカタカタターンとスマートかつエレガントに叩いていると、すぐそばでは「学園祭、楽しみだねぇ」と青い人たちが瞬く星のようにキラキラと眩しい声で、来週に迫る学園祭について語らっていた。そんな星々を、私は眺めることなく、金平糖を食らうように左耳から飲み込んで、右耳から吐き出す。

 学園祭ですと?

 蟻地獄だか底なし沼みたいに私のことを絡めとるキャミワンピ事件のせいでモジモジさんと化した私にゃ、そんなもの無縁ですわ! おほほ!

 青いものたちだけで楽しめばいいわ!

 やってくるだろう白いものたちを、好き勝手青く染めればいいじゃない!

 私に関係、ないんだから!


 考えながら悔しくなって、ひと気のないトイレでわんわん泣いた。


 私だって、本当は青くなりたい!

 瞬く星々のように、キラキラを振りまきたい!

 ああ、もう! どうしたらいいの? 教えて、偉い人!


 学園祭直前。ゼミのミーティングへ行くと、大洗くんにめずらしぃく声をかけられて、私はビビり散らかした。

「ミスコン、申し込んでおいたから。学園祭、ちゃんと来いよ! 小新井なら絶対テッペン取れるから! な? な!」

「……ふぁい⁈」

 学園祭のサイトにアクセスすると、なんとまさか。マジでエントリーされてやがる!

 なんて無能な学園祭実行委員! 本人への意思確認なく、こんなイベントに参加させるとは!

 しかーし、大洗くんの〝可愛い認定〟、サイコーに嬉しい!


 これはチャンスだ。

 初手が悪手でも、王手をとれればいいのだ。

 私の大学生活が反転するかもしれないビッグウェーブが来たのだ!

 青さに憧れ青のドレスを買い、美容室へ行ってヘアメイクをしてもらい、大枚叩いた完璧スタイルで、私は学園祭へと乗り込んだ。

「わぁ、綺麗な人いるー」

 そうでしょー?

 一発逆転。皆の中の私を、素敵なレディに上書きするのだ。今日このステージで、私は殻を破って――!


「ちょ、なにその格好。ウケるぅ」

 そのセリフ、そっくりそのまま返すわ。

「え? だって、ミスコンでしょ?」

「うん。ミスコン。ミステイクコンテスト」

 ……大洗のクソ野郎!


『私はこのコンテストが、美女を決めるミスコンだと思ってましたぁ』

 

 こうして私は、青の世界に〝ミスミス〟という星として君臨することとなった。

 思ってた星とちがうけど、ま、いっか。

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