VS堺雪

「柳原って誰なの?」

「元相棒だ」

 俺は歩きながら答えた。デストイレの廃ビルから逃げだして道を当てもなく歩いている。胸もとを探って煙草を出す。

「ねえ、こんな時に煙草なんて止めてよ」

 こいつは敵だ。今確信した。

「女、それより何でこんな事態になったのか心当たりはあるのか」

「あんた、ママから何を聞いてたの?」

 俺はポケットに手を突っ込みメモを取り出して見せる。

「ここにお前を連れていけ、ただそれだけの簡単な仕事だったはずだ」

「ここって、私が売春をさせられていた組織じゃん」

「またやらされるんだろ」

「そんなわけないんだけど」

「なんでだよ」

「だって、私ここからお金盗んだから」

「いくらだよ」

「これぐらい」

 女がパーを突き出した。

「五十万か?」

「五千万」

「五千万……」

 そんなにぼったくるつもりだったのか、あのクソババア。

「ねえ、初めから気になってたんだけど」

「何だよ」

「私の名前知ってるのよね」

「ああ、堺雪だろ」

 柳原は言っていた。姓と名は別の呪いで、どちらも簡単に教えてはいけない。俺たちの姓はまがい物だけど、名前は違う。俺以外の人間には知られるな、と。

「なら名前を呼んでよ」

「堺、雪、なんでもよいか」

「ちょっとごめん。電話ママからだ」

 女が電話に出ようとしたのを奪う。電話を奪った後に蹴り倒した。足で女を押さえつける。

「雪、どうしたの?」

 聞き覚えのある声。女は嘘はついていなかったのか。

「お前、誰だ」

「日下部だよ」

「そうか。雪はどうしたの」

「今、話せるような状態じゃない。俺が聞くよ」

「嘘だね」

「嘘じゃねえよ。雪は俺の足元だ」

 俺の足の裏で堺雪がもがいている。靴底で堺雪の喉物を踏みにじる。

「生きてるんでしょうね」

「殺すために俺に預けたんだろ。今わかった。なら今殺してやるよ」

「簡単にやれると思うなよ」

「こんな女に何ができる」

「相手を舐めるのはあんたの悪い癖だわ」

 ツッ。足に痛みが走る。何か刺されたか。

「ババア、居場所を言えよ」

「その前に雪を連れて来てくれるかい」

「なんでだよ」

「金を引き出すのに雪がいる」

「ああ、わかった」

 女が蹲ってゲホゲホと咳き込んでいる。さて、やるか。

 右足首に切り傷。こいつ、ナイフでも持っているのか。躾けるか。

 キヘッ

 女を踏み潰す。痛いな。肉まで切られているのだろう。

「ママと話はついた。お前も騙されていたんだよ。俺に協力しろ」

「馬鹿言わないで。こんなことされて従うわけないでしょ」

 女がナイフを前に構える。俺はそれを無視してもう一度前蹴り。鼻をとらえた。

「五千万円か。流石に保険をかけてたんだな。えらいよ、お前」

「言ってろ」

 女の鼻から血が出ている。いい顔だ。ナイフを持った手を狙う。ナイフが空中に舞う。

 女が手を抑えている。出来れば折れててほしいな。ここまでやると車がいるか。なら、戻らないとな。

 ヒヒッ

 いい肉だ。踏みごたえがある。柔らかい弾力。靴を履いていても伝わる心地よさにおぼれそうになる。

「おねがい。止めて……」

 女が足元で何か言っている。丸まって耐え忍んでいる。なるほど、上手いな。蹴り方を変えるか。誘っているのか。わからない。考えるのは後でもいいか。

 右足をしならせる。バチン!といい音が鳴って女が横に転がる。俺の血が女の顔を汚している。

 面白い。こいつ、顔で受けたのか。いや、まさかな。もう少し弱らせるか。

「もう一度言う。俺たちは協力関係になれると思うがどうかな。まあ、もう少し顔の形を変えた方が好みだな」

 顔を踏む。顔を踏む。顔を踏む。踏む踏む踏む踏む踏む。顔が腫れあがる。

「しゃべれるか」

 女は黙って倒れている。もう少し俺好みにしよう。耳に手をかけ、引き千切る。それを口に入れた。

 耳は良い。歯ごたえが好みなんだ。口の中で転がして、甘噛みすると、コリっとした感触がする。それから思い切って噛み潰す。奥歯で磨り潰して飲み込んだ。

 やはり、自分でとった飯はうまい。ちょっと俺好みの顔になったし、もっと傷つけてたい。

 煙草を取り出した。頭にヤニが回って少し落ち着く。女の足を持って引き摺る。

 車がいるな。めんどうだ。

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