VSデストイレ

「ねえ、本当に大丈夫?」

 と、女が鬼道兄弟の車を運転しながら聞いてきた。

「大丈夫じゃねえよ。見てわかれ」

「あんたの体調じゃなくて、私達はこれから大丈夫かってこと」

「それについては俺にもわからねえよ。そもそも、俺とお前で話が噛み合ってねえのが問題だ。それについては後で聞くから、とりあえず教えた場所に行け」

 はぁ、と女はため息をついた。そもそも何でこの女は逃げないのかがわからない。確実に言えることは、ママから言われた仕事内容はデマだってことだ。

 それにしても痛みが引かない。鬼道兄弟に殴られた何ヵ所かは青瓢箪になっている。割には合わない仕事だと心の中で愚痴る。


「ねえ、ねえってば」

 女の声で目が覚めた。どうやら車内で寝ていたらしい。目的地の廃墟ビルに着いていた。

「寝てたか」

「それはもうぐっすりと」

「悪かったな。この建物の中に隠れるぞ」

「何でこんなところに」

「追っ手をまく」

 俺は胸もとをまさぐる。有るだけの御札をもってきた。

「車を出る前にこれ持ってけ」

「御札?幽霊でも出るの?」

「幽霊じゃない。悪魔だ」

 俺たちは建物に入った。まだいるといいんだが。


 階段を登っていると古いゲームの電子音じみた音楽が聞こえてきた。まだいたか。

「何、この音楽」

「デストイレが目覚めたんだよ」

「意味わかんないんだけど」

 ここは相棒の柳原と見つけた、俺たちの最後の手段。デストイレの住まう廃ビルだ。

「オンキリキリバサラウンバッタオンキリキリバサラウンバッタキリキリバサラウンバッタオンキリキリバサラウンバッタ」

 俺は小声で真言を唱える。ちょっと噛んじまったが、やらないよりはマシだろう。

「止めてよ」

 と、女が言う。知るか。それより俺の身がもたない。

 オンキリキリバサラウンバッタオンキリキリバサラウンバッタオンキリキリバサラウンバッタオンキリキリバサラウンバッタ……。

 真言を唱えている内に最上階へとたどり着いた。

 これは油断してると持ってかれるな。

「ここでやり過ごす」

 女に告げてドアを開く。十畳ほどの部屋だった。ガラスが外れた窓からさす月光で空中を舞う埃がキラキラと輝いている。

「ほら、ここに座れよ」

 と、俺は床を履いて女を促す。

「ねえ、なんでここに来たの?」

 と、女は聞いてきた。

「鬼道兄弟は下っ端だ。人を動かせるような人間じゃねえ。当然、追手が来る。そして、俺はそれを撃退できるほど強くねえ。だから、ここに来た。ここなら追手を撃退できる」

 俺はうずくまる。頭痛がする。頭に直接響くような電子音。紛らすために煙草を咥えた。

 俺は追手が倒れるまで耐えられるだろうか。

「ねえ、車が来たよ」

「何台だ」

「3台」

「この部屋から出るなよ」

 頭が痛い。柳原。殺す。考えるな。無心でいろ。デストイレにのみ込まれるな。

「ねえ、なんか爆発音が聞こえるんだけど」

「幻聴だ。気にするな」

「ふざけないでよ」

 構ってられるか。柳原との出会いは路上だった気がする。家を捨てたストリートチルドレン同士。あの頃は、残飯にありつければ良い方だった生活だった。

「ねえ、なんか燃えてるんだけど」

「幻覚だ。気にするな」

 腹減った。だから昔のことを思い出す。あぁ、虫の味がする。腐った肉の味がよみがえってくる。柳原の味だ。最悪。

「いい加減にしてよ。なにこれ、なんなの?」

「御札、大丈夫か確認しろ」

「わかった」

 女が御札を取り出した。

「黒くなってんだけど。どういう事?」

「何枚残ってる」

「一枚しか残ってない」

 クソ、頭が回らない。柳原の言葉を思い出せ。デストイレなら神か。神にすがるしかないか。

「スマホの電源はどれだけ残っている」

「半分」

「なら、ユーチューブ開け」

「ほら、それで」

「トイレの神様を最大音量で流せ」

 トイレにはそれはそれは綺麗な女神さまがいるんやで~

 いけるのかこれで。信じるしかない。

「その日から私はトイレを~」

「気でも狂ったの?」

「良いからお前も歌えよ」

「トイレにはそれはそれは綺麗な~」

 俺たちは歌いながら部屋を出た。

「ねえ、どこ行くの」

「デストイレをぶっ殺す」

 あのクソトイレめ。飼ってやった恩を忘れやがって。殺してやる。殺してやる。ぶっ殺す。絶対殺す。

「向かうのは三階だ。歌いながらついてこい」

「トイレにはそれはそれは綺麗な女神さまがいるんやで~」

「だから毎日綺麗にしたら女神様みたいに!」

 三階のトイレについた。侵入者の死体が十体ほど転がっている。

「トイレには!それはそれは!綺麗な女神様がいるんやで!!」

 俺は大声で叫んだ。今はこれを信じるしかない。

 ビビビビビビイイイイイイイイイイイイ

 光線がトイレから飛び出してくる。

「なにこれ?なんで?」

「良いから歌え!」

「トイレには!!!!!!!それはそれは綺麗な!!!!!女神さまが!!!!!!!」

 悪魔には神様をぶつけるんだよ。と、柳原が言っていた。神をぶつける。全力でやるしかない。

「トイレには!!!それは!!!!!それは!!!!!!綺麗な!!!!!!!!」

 トイレが火を吹いた。まだ足りねえか。

「おい、女。お前も歌え」

 と、振り返ると女にトイレットペーパーが巻き付いていた。やられた。こいつめ。

 ボン!!!!!!!!!!!!

「トイレには!!!!っていい加減にしろや!!!!!!!」

 俺はトイレを蹴った。蹴った蹴った。クソボケが。うるせえんだよ。頭に響く。

「クソッ」

 と、声を出してトイレを蹴った。ガゴッとトイレが傾く。水が隙間から漏れている。

「オンキリキリバサラウンバッタ!!!」

 トイレに御札を貼る。トイレが燃え出した。

「女、生きてるか!」

「ゴホッゴホッ。生きてる」

 俺は女の手を取りトイレから逃げ出した。トイレは火を噴きながら燃え続けていた。

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