VS鬼道兄弟

「準備できたか。行くぞ」

 俺たちは階段を上がり外へ出た。道には来たときには無かった車が止まっている。

 ギリギリセーフ、と言ったところか。

 俺は周りを警戒しながら車を観察する。エンジンはついている。黒いバン。一人ということはないだろう。女を背にして逃げる方法を考える。一つしか思い浮かばなかった。

「誰かと思ったが、日下部じゃねえか」

「鬼道兄弟か、久しぶりだな」

 車から出てきた男と挨拶をかわす。鬼道兄弟はを生業とする武闘派だ。俺より十センチ以上背が高い。

「ねえ、誰なの?」

「黙っていろ」

 俺は女の発言を遮る。油断した好きに殺さねかねない。人を殺した数ならば俺より多い。

「なぁ、そこの姉ちゃんこっちに渡してくれねえかな。お前とやり合うのは面倒だしさ」

 鬼道兄は言った。嘘ではないだろう。腹芸を使える知能はこいつらにはない。

「条件次第」

「お前、そんな立場にいねえだろうが。柳原のオマケが」

「生憎とこの女は簡単に渡せねえ事情がさっき出来た」

「ヤったのか」

「ヤってねえよ」

 これだから馬鹿との会話は嫌になる。こいつを渡したらママの手掛かりが無くなるだろうが。ママを見つけなければ、俺は廃業だ。

「まあいいか。ヤるか」

「結局、そうなるか」

 弟は出てこねえな。それとも既に隠れているのか。そこがわからないと取れる手段が少なくなる。

 鬼道兄が駆けてくる。右手に何か持っているのが見えた。

 先手必勝。俺は鬼道兄に合わせて手のひらを真っ直ぐ突き出す。

 クハッと鬼道兄は息を吐く。その隙に俺は息を吸う。

「案外強いのね」

 後ろで女が言う。相手が馬鹿なだけだ。それにこの程度でヤれたのならば、は名が売れる事は無かっただろう。鬼道兄は獲物を捨てて、すでに俺の左手首をつかんでいた。

 俺は左腕を捻るように動かし、鬼道兄の右手を外した。鬼道兄の左フックが同時に俺の頭を殴る。

 バランスを崩していたので、フックは頭をかすめただけでそれほどの威力は無かった。当たりどころも悪くない。

 俺は鬼道兄の左手首と右襟を掴む。

「一旦、死んどけ」

 自分の身体で鬼道兄を持ち上げてそのまま落とした。見よう見まねの背負い投げ。頭から落とせるほどの技術は俺にはない。

 背中から落ちた鬼道兄は大きな音を立て背中から落ちた。それを聞いたのか、車のドアが開く。

「よくも兄貴をやってくれたな」

「それにしては楽しそうだな」

 出てきたのは、鬼道弟。煙草を咥えて降りてきた。

「竜也、まだ俺は負けてねえ」

 倒れている鬼道兄が言った。鬼道弟は歩いて近づいてくる。

「情けねえな、兄貴」

 ドンッと鬼道弟が兄を踏み潰した。グヘッと声をあげて兄は沈黙した。

「笑ってんじゃねえよ、キチガイが」

「お前に言われたくねえ」

 俺と鬼道弟は顔が触れあうぐらい近づいて睨み合った。まだ俺が有利だ。仕掛ける。

 殴る。鬼道弟の煙草が落ちる。

 殴られる。腹に食らう。

 殴り返す。弟の唇が切れる。

 殴られる。顔が腫れる。

 兄を踏みながらよくやる。腰が乗ってなれないのに、なかなか重い拳だ。

 何発か貰いながら後ろに下がる。

「おいおいどうした。この程度かよ、ゲスが」

「お前にゲスと言われるほどじゃねえよ」

「おいおい、俺はちゃんと女を抱けるぜ」

「レイプじゃねえか」

 女の視線を背中に感じる。逃げていないのか。

 鬼道弟は兄を踏み越えこちらに歩いてくる。

「続き、やろうか」

 キヘッと鬼道弟が笑う。得物使うか。

 背中に手を回して何も掴まず戻した。このままの方が良い。そう判断した。

 鬼道弟が殴ってくる。真っ直ぐ突き出された拳に無駄がない。顔に食らう。続けて腹にもらう。吸い込んだ空気が逆流し息が漏れる。

「なぁ、相棒殺すってどんな気分なんだ?楽しいのか?気持ちいいのか?教えてくれよ、おい!まだくたばるんじゃねえよ」

 鬼道弟は俺を殴りながら叫んでいる。俺は亀になってそれを耐える。それしか出来ない。

「つまんねえな。これじゃ死んだ相棒も死にきれねえな!」

 殺す。こいつは殺す。

 俺は鬼道弟の襟を掴む。引き寄せながら頭突きを鼻にくらわす。

 鬼道弟は鼻血を出しながら数歩下がる。

 俺は前蹴りを出す。

 鬼道弟は防ぐもまた後ろに下がる。距離が空いた。

「その程度かよ、天下の鬼道兄弟の実力は!」

「いいね、楽しくなってきた」

 俺は息を深く吸う。

 鬼道弟は向かって来る。

 俺は拳を突く。

 鬼道弟はそれをかわす。その動きの流れで俺の腹を殴る。

 俺は腹を押し込む鬼道弟の手を掴んだ。

 鬼道弟はその手を引く。

 俺はバランスを崩す。それでも手は離さない。

「死ね!」

 と、鬼道弟は言いながらフックを放つ。

 俺のこめかみに当たる。俺たち二人は倒れた。

「てめえが、死ね」

 俺は鬼道弟に馬乗りになって言った。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る…………。

 誰かに肩を掴まれた。

「それ以上やると死んじゃうよ」

「黙れ、クソビッチ」

 最後に腫れ上った鬼道弟の顔を殴って立ち上がった。

 キへッと笑った声が頭に響く。柳原、やっぱりお前がいないと俺はダメらしい。

 

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