VS不動久美子

「すいませーーん。誰かいませんか」

 地下へ続く階段を下りて扉を叩くも鍵がかかって開かない。足音がわずかに聞こえる。扉の後ろに人の気配がする。

 緊張するな。久しぶりの仕事だ。挨拶ってどうやるんだっけ。

「あのどちら様ですか」

 あの女が出てきた。マジか。他に誰もいないのか。どんな仕事なんだよ。

「どちら様ですかって聞いてんだよ、でくの坊か」

「そうそう、その口ぶり。なんて丁寧な口調で言われてもわかんねえよ、俺には」

「それであんた誰」

「俺は日下部。お前さんを届ける運び屋だとよ」

「なんで他人ごとなのよ」

「実感なくてな。昨日仕事の話を聞いてその身そのままここへ来たんだ」

「ご愁傷様」

「ありがとう。それで部屋に入れてくれると助かるのだが」

 女が扉を開けたまま部屋の奥へと歩き出した。俺はそれについていく。

 部屋の中はカウンターとその奥の酒の棚。小さなバーみたいな空間がそこにはあった。

「とりあえず、明日の朝までは待ってくれるんでしょうね」

「そうしてくれると助かるよ」

 と、俺は答えて椅子に座った。こいつも飲み屋のママなんだろうか。それにしては若い。高く見積もっても20前半という見た目だ。

 女が奥へと引き込むと俺はカウンターの椅子に座った。灰皿を見つけて煙草を吸う。さて、これからどうしようか。と思い悩んでいるうちに煙草を吸い終わった。

「お待たせ」

「待ってねえよ」

 女が奥から出てきた。

「ねえ、せっかくだからお酒でも飲む」

「ギムレットを頼む」

「いきなりギムレットなんて、そんなに私と飲みたくないの」

「よくわかったな」

 この女、見た目よりはだいぶ歳をいっているらしい。わからねえが。

「それならゲームしようよ」

「ヤダよ」

「これは試験。拒否権はないの」

 女はテーブルにトランプを置いた。

「ポーカーは当然知ってるわよね」

「ドローポーカーならな」

 OK、と口にして女はカードを配った。

 手札は五枚。一瞥する。足りない。三枚捨てる。ハートのキング、スペードの三、クローバーの二。それから三枚山札からとる。

 女は二枚捨てる。ハートの五、クローバーの三。山札から二枚とる。

「できれば、運が良い人に送り届けてほしいのよね」

「運が悪かったな。俺の運の残量はもうねえよ」

「それなら降りる?」

「その前に掛け金どうすんだよ」

「持ち金は?」

「ほらよ」

 俺はポケットに入っている小銭をすべてテーブルの上に置いた。

「こんだけ?」

「これだけ」

 女はコップを持って酒を注いだ。それを一気に飲み干す。

「まあいいわ。それでどうする?」

「オールインだ。見て分かれよ」

 女が悩んでいる。フリかもしれないが、そんなことより聞かなければならないことがある。

「それでお前は何をかけるんだよ」

「そうね、何か希望の物でもあるの?」

「お前の知っている情報を教えてもらおうか」

「何を聞きたいのかよくわからないけど、それでいいのならそれで」

 さて、ショウタイムだ。俺は手札を女に見えるようにテーブルに置く。

 クローバーのキング。ダイヤのキング。ハートのエース。スペードの二。ハートの七。ワンペアだ。

 女が手札を見せる。ありきたりなツーペアだった。

「私の勝ちね」

「そうらしいな。それで俺は不合格なのか」

「まさか。あなた、初めからスリーカードがそろっていたでしょ」

「気づいていたのか」

 やられた。イカサマを仕込んでいたらしい。種はわからないが。

「電話かしてくんねえか。とりあえず、ママに電話してえ」

「これ使って」

 と、女は自分のスマホをよこした。

「番号しってるか」

「ほらこれ。不動久美子って人の電話番号がママのよ」

 女はそう言いながら、俺によこしたスマホを操作して電話をかけた。

「繋がらねえな」

「仕事中じゃないの」

「馬鹿言え。俺からの電話より優先する仕事なんてねえよ」

「どうだか」

 十回ならしても電話に出ない。この女に騙されていないとするなら、思い当たることは一つしかない。あのクソババアに騙された。

「ママの番号であってんだよな」

「間違いないよ。だってそれであんたが来ることをママから聞いてたんだから」

 それを聞いて俺は確信した。ここにいたら不味い。

「急ぎで悪いが、ここから逃げるぞ。一分以内に支度しろ」

「はぁ?どうして」

「ママにはめられたんだよ。十中八九、俺たちはおとりだ」

 厄介なのはわかっていたが、展開が早すぎる。女が支度している間に俺は軽いストレッチを行った。さて、蛇が出るか虎が出て来るのか。そんなことより、俺は金を受け取れるのだろうか。そこが何より心配だった。

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