第43話

 部活の打ち上げとはもう少し適当なものだと思っていた。

 机を並べてポテチをつまむとか、ピザでも取るとか、せいぜい焼肉屋とか、私が漫画やらなんやらで見た打ち上げなんてそんなものだった。

 それがどうだろう。

 私は打ち上げにドレスコードがあるなんて思ってもみなかった。


「シャンメリーでございます」


「はあ、どうも」


 蝶ネクタイのウエイターが銀色のトレイに並べたグラスを差し出してくる。私は適当にひとつ貰って頭を下げた。


(あれ、シャンメリーってお酒だっけ?シャンパンとは別物?)


 結局、見るからに未成年の私にこんなちゃんとしてそうな人がアルコールを出さないだろうと勝手に納得して、味のしないシャンメリーに口をつけた。


(ていうか、澄河ちゃんもひかりちゃんもどこ行っちゃったんだろ)


 私はドレスだなんて大それたものは持っていないので、とりあえず制服を着ていることにした。私以外には、演劇部の部員や関係者意外だと、部員の同室らしい人や仲のいい人たちが出席しているようだ。とはいえ知り合いはあまりにも少ないので、私は隅の方で大人しくしているほかなかった。


(電話とかはさすがに周りの迷惑だよねぇ……)


「ごめんね、和宮ちゃん。連れてきちゃって」


 栞ちゃんが話しかけてきた。栞ちゃんは水色のなにやらエレガントなワンピースを着ていた。


「その格好なら眼鏡はかけない方がオシャレだと思うよ」


「外したら見えないもん」


「コンタクトとか……」


「やだ。怖い」


「ああ、そう。それで、あのバカップルは?」


「ほら、あそこ」


 真琴ちゃんは他の部員と楽しそうに話していた。意外と人気者らしく、周りは賑やかに笑っている。そこから少し距離を開けて、天野先輩は能面のような張り付いた笑顔を浮かべていた。


「ね、ここはひとつ和宮ちゃんが和ませてきてよ」


「や、やだよ。下手に突っ込んだら命がいくつあっても足りやしない」


「頼むよ。まこちゃん先輩の周り以外なんだか肌寒いんだから」


「そんなこと言われても……」


「じゃあ、こうしよう、和宮ちゃん」


「へ?」


「もし和宮ちゃんが上手いことやってこの冷えきった空気をなんとかできたら、私の分のケーキあげる」


「よっしゃ、任せなさい」


 ☆☆☆


 ケーキにつられてしまった。食べ物に目が眩んだいたいけな私を戦場に送り込むとは、なんと卑劣出残忍な作戦だろうか。私は恐る恐る、仏面鬼神と言った感じの天野先輩に声をかけてみる。


「あ、天野先輩……?」


「あら、和宮さん。どうかしたかしら?」


「い、いえ。ちょっと、ごあいさつを……」


「挨拶、ね。さしずめ宣戦布告と言ったところかしら?」


 こわいよぉ。


「め、滅相もない。前、澄河にクッキーの作り方を教えてくださったとか……」


「澄河……ああ、深山さん。そんなこともあったわね。なら、真琴にちょっかいかけに来たわけじゃなさそうね」


「はあ……」


 真琴ちゃんに本当の意味でちょっかいをかけられたことはあるけれど、こちらからかけたことはない。


「今日の舞台、見に来てたのよね?」


「ええ、友だちが出てたもんで」


「真琴はいつも主役。演劇部でも輪の中心にいるのはいつも真琴みたい。だからかしらね、真琴ってすごく人気者なの」


「みたいですね」


「だけど、真琴は私のもの。真琴は最近それを忘れてるみたいね」


 思いが重い。産まれて初めて人間の所有権を主張する人間を見た。知らないけど憲法とかに違反していそうな考え方だ。


「まあまあ、真琴ちゃんだって天野先輩のこと大切に思ってますよ。結構ノリがいいところがあるから、浮気性に見えるだけで」


「そうかしらね?」


「そうですよ、たぶん」


 本当にたぶん。


「ありがとう、慰めてくれているのね。でも……」


 でも?


「なぜ真琴のことを名前で呼んでいるのかしら?」


「へ?」


 やばい。矛先がこっちに来た。


「い、いえあの、あっちが『先輩は堅苦しくてやだし名前でいいよ』みたいなことを言うもんだから……」


「……私は真琴以外には呼び捨てになんてさせないのに」


 呼び捨てではないと思うけど……。


「た、大したアレじゃないですよ!先輩後輩より友だちでいようっていう、真琴ちゃ……久野先輩なりのお気遣いというか……」


「もう、いいわ」


「はえ?」


「直接話すから」


「え、あの……」


 天野先輩はつかつかと真琴ちゃんの方に歩いていく。


「あれれ?どうしたのかな、マイハニー?」


「少しお話があるの。いいかしら?」


 ああ、ダメだ。もうこのパーティーはお開きにした方がいい。

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