第38話
ちょうど昼時だ。腹の虫もそろそろ騒ぎ出しそうだ。
「ねぇ澄河、ご飯にしようよ」
「……そうね。そうしよう」
今の三点リーダはなに?
澄河さんは妙に思い詰めた表情をしている。とてもこれからメシを貪ろうといううら若き乙女のそれにはとても見えない。
「どこかいい店とか知ってるの?」
ここはジャブだ。ボクシングが生み出した格闘技に革命を起こした技術の名を借りつつ、澄河さんの真意を引き出せないか試してみる。
「あのね、すみか。あっちに広場があるんだ」
広場??
私はお店のことを訊いたんだ。国語のテストだったら容赦なくペケがつく。この子はなぜ私の質問に答えないのか。こういうときはだいたい、澄河さんは予想の外にあることをする。
「私、お弁当、作ってきたんだ」
そうきたか。規則をきちんと呼んだわけではないが寮のキッチンは寮母さんに一言言えば使えたはずだ。昨晩、私が隣室の栞ちゃんやひかりちゃんの部屋で遊んでたり、先輩の真琴ちゃんにからかわれたりしてる間、たしかに澄河さんはずっといるわけじゃなかった。それ以前から時々どこかに行っていたようだった。どこへ行っていたのか訊いてみたことは何回かあったけれど、その度答えをはぐらかされていた。しかしまさかお料理の練習をしていたとは思わないじゃない。いや、私が鈍感なのかしら。
そういえば荷物もなんだか多い気がする。澄河さんは私より背も高いので、カバンの大きさに気が付かなかった。こんなことにも気が付かなかったなんて、タカより鋭いと言われた私の洞察力も地に落ちたものだ。
「あ、うん。ありがとう」
☆☆☆
澄河さんの言った通り、少し歩けば芝が整えられた広場があった。子連れの夫婦や私たちと犬を連れた少年少女もいて、お手本のような休日が目の前で繰り広げられていた。
「すみか、ちょっと手伝って」
澄河さんは綺麗に折りたたまれたお花見シートをカバンから取り出すと、片端を私に持たせて広げる。かわいらしい花々があしらわれたシートの上に、さらにナプキンを広げて、これまたかわいらしいプラスチックの弁当箱を乗せた。
「私、そんなにお料理は得意じゃなかったんだけど。おうちでは専属のシェフがいたし」
専属のシェフ……。
「でも、ちょっと挑戦したくなって。すみかに食べてほしいって思ったの。綾先輩にも教えてもらって」
綾先輩……?
ああ、天野綾先輩。真琴ちゃんの彼女。私が真琴ちゃんと遊んでいた間、澄河さんは澄河さんで先輩と仲良くなっていたらしい。
「綾先輩、料理得意なの?」
「うん。真琴先輩にも時々作ってあげるんだって。私がお料理の練習しようとしてたら、たまたま綾先輩も来て、そのときに聞いたの。それで私が今日のためにすみかに作ってあげようと思ってるって言ったら、手伝ってくれて」
しかし今日のために練習までしてくるとは。嬉しいは嬉しいけど、言葉を選ばずに言えば重い。
「わ、わざわざありがとうね。練習までするなんて」
「せっかくの機会だし、おいしいものを食べてもらいたかったから」
そう言ってはにかむ澄河さんの表情はかわいらしかった。ただでさえけっこうなべっぴんさんだ。並の人間ならイチコロだろう。それがさらにお弁当まで作ってきてくれるなんて。私がなんとか正気を保っていられるのは、以前どこかのタイミングで抱きつかれたことがあるからかもしれない。
弁当箱の中身もかわいらしいものだ。真っ白なパンに、レタスだのトマトだのハムだのタマゴだの、色とりどりの具がはさまったサンドイッチが並んでいる。シンプルだが食欲を誘う。とても練習や天野先輩の指導が必要な料理には見えないけど。
「綾先輩ね、いろいろ教えてくれたんだけど、初めてのデートはこれくらいシンプルな方がいいって」
真琴ちゃんはサンドイッチで胃袋を掴まれたのか。
「さ、召し上がって」
「い、いただきます」
一つ手に取ってかじってみる。レタスとトマトが挟まっていて、パンの裏にソースが塗ってある。
「おいしい!」
「ほ、本当?よかった……」
澄河さんはほっとしたらしい。サンドイッチなんて不味く作る方が難しいとはいえ、それを差し引いてもおいしいものだ。きっとパンもレタスもトマトもソースも一級品なのかもしれない。何ヶ月か前、合格祝いで食べたお寿司よりも高いかもしれない。安くても美味いものはある。だが高いものは美味いのだ。そう考えてしまうのは私が貧乏だからなのかしらん。いや、もっとシンプルに考えてみよう。料理は愛情……。
……。
今度うまい棒をご馳走してあげよう。きっと喜ぶはずだ。
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